5:先んじる
「あの陰険そうな司教が黙り込むとは、驚きましたね」
「キセキの歌い手って、私たちが思っているより凄いのね……」
「レヴィルの嬢ちゃんよう、良かったのかい。キセキ使いの聖女とはいえ、中央の意向に逆らって」
「良いんでぇす。どうせ出世の階段が遠のいただけですかぁら」
聖戦を煽った聖職者にお引き取り願うと、誰も脱力したように応接椅子に体を預けることに。
部屋の主である幹部、ユーイにとってかつての同輩にあたる彼女だけは、
「商会ギルドに根回ししてくるわ。部屋は好きに使ってちょうだい」
と言い残し、久方の対面を喜ぶ間もなく、飛び出していってしまった。
試供品やら見たことのない衣類やらが散乱する執務室には、へたり込んだユーイとレヴィル、二人にお茶を出すアイにガンジェ。そして、レンフルフの五人。
敵対者が座っていたソファに腰を沈めた赤カードの探索者が、厳しい顔で切り出す。
「結局、向こうの進駐は止められず、か」
「そう言うなよう。こっちで解決できない、とならない限りは動かない確約はもぎ取ったんだから」
事態の解決と魔族らの魔王領への送還は、探索者ギルドで行う。そう着地はした。
けれど、即応できるよう準備は進める、との主張は跳ねることができなかったのだ。
お茶を並べたガンジェが、複雑な顔で空いた席につく。
「その聖堂騎士団とは、言うほどに悪辣な組織なんですか?」
「ああ、それは私も気になっていましぃた。おじさま、そんなにお嫌いなのかぁと」
教会が有する、正義を掲げる戦闘集団である。
煌びやかな甲冑を纏い、邪悪を打ち払い切り落とす、神に首を垂れる徒だ。
ユーイにとっては好き嫌いという尺度もあるが、
「一般論で、ただの戦争屋を招き入れたらどうなるか、ってことさあ」
※
「自領を、民を、麦畑を守らないと自分の首が締まる領主と、敵を粉砕することしか考えない軍隊の差よ。アイちゃんならわかるんじゃないか? 武門の出、だろう」
「え? うぅん……」
彼女ばかりはフルプレートのままなためソファに腰かけられず、立って首を傾げた。
いくばくの思案の後に、手を打って顔を上げる。
「わからないわ!」
「アイちゃんさんよう……」
「仕方ないでしょ。継承権が下の方だったんだから。改易が無くたっていずれ部屋住みか放逐か、そんなのに教育のリソースなんか割かないわよ」
「ごもっともだがなあ。でかい顔で言い放つこっちゃあないだろうに」
「なによ! じゃあ、教えてよオジサン!」
唇を尖らせて、不満を表明してくる。
これ以上煽って、手甲に覆われたパンチが飛び出してはひとたまりもないので、顎をしごいて解説を。
「軍隊ってことはそれなりの大所帯だよな」
「そうね。目的で規模は変わるでしょうけど、三十人くらいから、かしら」
「おう。それが、戦闘目的で見ず知らずの村に入るとする。戦闘が一晩で片付けばいい。だが、二日三日、と長引けば?」
「寝床と食事、ですぅか?」
「さすがに野営の準備はあるだろうから寝床はいい。だが、飯は?」
ここに至って、女性陣三人が危険な想像に辿り着いたようだ。
青い顔で、ガンジェが反問してくる。
「軍事行動ですよね? さすがに兵站は切らさないのでは?」
「正規の軍だって切れる時は切れる。事故、見積もりの甘さ、敵の作戦、時には友軍の故意……切れた時に、どうなるだろうなあ」
「現地徴発が始まるんだよ」
吐き捨てるのは、ユーイに次ぐ年長。過去の戦争を、それなりの年齢で体験してきた男だ。
「ガキの時、隣の隣の村がそれで焼かれた。蔵も牛舎も空になるまで食い尽くされて、焚き木が足りないと家材を打ち壊して」
「そんな……そこまでしますか……⁉」
「自分の手足を守る領主軍との違いさあ。おあつらえ向きに、権威に差がありすぎて、焼かれた側は非難もできないときた。加えて、教会には目論見もある」
なんですぅか、と力なくこちらを覗き込む少女に、息を一つ。
「教区の拡大さ」
「はあ? オジサン、村を焼いて、それでどうして教会に従うわけ?」
「地方が荒れれば野盗が増える。つまりは、自治の崩壊なわけで、責任は領主にかかる。そこに教会が援助の名目で、金と人を流し込むわけだ。いずれ領主の側近は協会派ばかりになってよう」
「そうして地方に礼拝堂ができあがり、村人は憤慨をしながらも施しをくれる奴らに頭を下げざるを得ない」
まさか、と呟くレヴィルの心根はわかる。
強引なところはあれど、教義という『正しい事』を標榜している組織が、世俗に塗れ、悪辣で、人道から外れる行いをしているのだから。
「であれば、聖堂騎士団の進駐はペイルアンサに留めなければならない、んですぅね」
※
「つまり、魔族の送還はともかく、亜竜の群れはギルドで解決しろ、と?」
「アイちゃん、領主さまも味方に入れてやれよう」
「あてになるの? 話を聞くに、教会に媚び売ってばっかじゃない?」
怒りを眉に込めて、アイがレヴィルに目を。
彼女は、常の柔らかな笑顔だ。
けれど、少し固く見えて、その目は何かを決めたような光を湛えて。
はて、とユーイは面白く思う。
彼女は、壮年にとっても捉えどころのない少女であった。
そもキセキを用いる者が、単独で中央から離れていること自体に驚かされ、加えて爛漫な振る舞いに教会関係者と警戒していた肩がすかされてもきた。
けれども笑みに隠して怒りを煮る様を見るに、
「レヴィルの嬢ちゃん。事が済むまで、司教さまの相手を頼めるかい?」
「あらあ、おじさま。よろしいんですぅか? 一応、身内なんですぅよ?」
「へっへっへ。それを言ったら、俺らだってもう『身内』だろう? なあアイちゃん」
信頼を預けていい。そう判じた。
伝わったのか笑顔を深め、お任せください、と確かな声が返る。
「ユウィルトさん。司教さまを任せるとは……」
「勝手をしないように見張ってくれ、ってことだよ、ガンちゃん。自前の軍隊を使えないとなったら、次善策を取るだろうしよう」
「次善策? オジサン、それって?」
疑問にレンフルフが、自由の利かない足で立ち上がる。
「ああ、そうか、わかった。領主の軍も必要だ。俺が掛け合う。勲章をぶら下げれば、どうにかなるだろ」
「へっへっへ、頼りになるなレンの旦那は」
苦い顔で口端を笑みに歪め、赤絨毯に足を引きずり退出していく。
取り残された少女らは、詰問の視線をユーイに。
「結局、教会としては自治が壊れりゃあいいんだよう」
「だから、その戦力をペイルアンサに留め置く、んですよね? どうして軍が?」
「村を焼くのは、別に自前の兵隊じゃあなくたっていい。違うか?」
「……野盗? もしかして、援助を……?」
「アイちゃんは鋭いなあ」
「まさぁか……そこまぁで……?」
ユーイにとっては想定済みだった。
なんせ、十年前に見たことがあるのだから。
けれども、時の流れはかつてより苛烈であり、激しい。
「ユーイさん! 一足遅かったみたいだ!」
部屋の外から、出ていったはずの赤カードの怒号が届く。
皆、慌てて飛び出せば、ギルドホールにうずくまる一人の男。彼をレンフルフが抱きかかえていた。
男を見るに怪我はなく、疲労困憊から立つこともままならない様子だ。
何事か、という疑問は少女らだけ。
ユーイは悟り、嘆息をこぼす。
「存外に手が早い……いや、用意周到、が正しいかよう」
己の呟きに応えるよう、レンフルフが叫ぶ。
「野盗だ! ハダス村が野盗にやられた!」
状況の悪転が知らされる。
まるで、踏み分けた森の中で行く手も帰路も見失ってしまったがごとく。
そうであるからと、
「仕方ねぇよう。探索者だもんなあ」
立ち止まる理由には、微塵にだってならないのだ。
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