4:信じることなど容易く、信じられないことは理解に難く

「ありがとう、助かったわ」

「村長がなにも言わず姿を消したからな。嫌な予感がして、嬢ちゃんの後を尾けて正解だったよ」


 二人は酔いの演技を終えて、圧し固められた土の道を、宿である村長宅に向かっていた。

 道すがら、おおよその状況をユーイには説明してある。


「顔役の他に見知らぬ女が、ねえ」

「確かに見たの。フードを被っていたし、外には出てきていないけど」


 見間違いなどない。女が顔役らと話をしていたし、その声も聞いている。

 だけども、証明ができる客観的な札がない。


「計画がどうとか……まあ、まっとうな話ではなかったわ」

「はあん」


 返ってくる気の無いため息に、カチンときつつも仕方ない、と肩が落ちる。


「わかっているわよ。信じられないわよね、こんな話」


 小さな村に、誰とも知れない女がいて、顔役になにか計画を示していた。

 近隣に人里があるならまだしも、孤島に近いこの村において単独の来客など考えづらい。街道があるとはいえ、獣に野盗など、危険が多いのだ。まして女一人など。

 それなりに付き合いを重ねてきたレヴィルならまだしも、最近に同行を始めた凄腕のレンジャーには、証拠もない荒唐無稽な話を信頼する理由などない。

 とはいえ、自分たちの処遇についても話題にしていた以上は向き合わなければならない。


「警戒だけはしてよ? 信じて、とは言わないからさ」


 頼み込むように彼の腕を掴むと、


「あん? なんでだよ?」


 意外な、彼の驚く顔が向けられた。

 なんでって、と出鼻を叩かれたような顔になる。


「探索者ならどうにかなる、とか言ってたから……」

「いや、そっちじゃない」

「はあ?」

「なんで信じないとか思うんだ?」


      ※


 ユーイにとっては、十分にあり得る話である。

 なぜなら、


「前の徒党の時なんざ、庭先に『天使』が降りてきたとか、裏の畑で三日前から老人の手が生えてくるとか、食べたら美味しかったとか、地下室がワインの海になって葡萄の精が生まれたとか、そのワインの精にアルコールが抜けないとか相談されたとか、トンデモない与太話が飛び交っていたんだぜ?」

「ええ……そんなのと同列にされるのは不本意なんだけど……」

「おう。ところがな、全部事実だったんだよ」

「は?」

「武勇伝じゃない。途中で手に入った情報でな、じゃあ解決、ってなったら全部事実だったんだよ」

「ええ……」


 アイちゃんさんがドン引きするように、当時の自分も逐一ドン引きしていた。

 だから、


「知らない女がいて、俺らが邪魔なんだろ? 信頼の範疇さあ」

「ありがとう。だけど、こんなに嬉しくない信頼があるなんて知らなかったわ」

「へっへっへ。世の中は広いもんだなあ」


 彼女の言葉は、確度を大きく信頼に値する。


 顔役が部外者と密会しており、滞在している問題解決を生業とする探索者を邪魔だという。

 つまるところ、村外の勢力と何かしらを企て、部外者どころか村民にすら真実を伏せているということ。


「昔、似たようなことがあってなあ」

「それって、前の徒党の時? 正直、規格外すぎて参考にならないんだけど」

「そういうなよう。比較的、まっとうな事件だったからさ」


 うさん臭そうな横目で睨まれ、笑い、瓶に口をつける。

 ユーイが語る『かつて』の概要はこうだ。


 とある寒村があり、近くに野盗団がいた。

 他に獲物となる村はなく、常であれば根城を持たない野盗たちはすぐに移動を始めるはずである。村側もしかり、度々の略奪にあいながら、逃散するでもなく領主に解決を依頼するでもなく、状況を維持し続けていたのだ。


 ある年、村の税収落ち込みを把握した領主が、ユーイたちに討伐を依頼。

 村に赴いたところ、思いのほかに歓待され、酔いが醒めたときには全員が村人によって捕縛されてしまっていた。


「その時に思ったのは、村と野盗団が結託……そこまでいかなくとも、共生関係にあったのか、ってことだ」


 青褪める少女の様子をおかしく思いながら、さらに真実へ踏み込む。


「結論はな、野盗団は村の一部だったんだ」

「え?」

「村の三男四男を集めて武装化してな、納税分をちょろまかしていたんだよ。野盗に襲われたとなれば、再建の補助も出してくれるしな。で、独立した組織だから、村は俸給なんか支払わない。維持費のかからない村固有の戦力となったわけだ」

「ええ……」

「野盗団が他の村を襲わないのも理解できるだろ? なにかあれば、戦闘を職業とする本物が、討伐にやってくるんだもんなあ」


 非常に分かりやすい事案であったため、膂力でロープを引きちぎり、顔役全員の指を吹っ飛ばして解決に導いた『かつて』の概要である。

 最後は説明しない。だってヒイてしまうもの。自分だって、あの時の自分は大概だなあ、と思うし。


 なので、


「ま、邪魔だってなら食い物に何か混ぜるくらいはするってことさ。それが無いなら、向こうが動くまで待つのも手だよう?」

「そう……ね。それがいいわよね」


 とりあえずのコンセンサスを取ったところで、ひと段落と相成った。

 月下、けれどさほど間を置かずに動きはあるだろうと、ユーイは愉快そうに眉を傾けていく。


      ※


 動きはやはり素早く、明朝に起こった。

 出発間際に訪れた村長は、遠くにそびえる剣山を指し、


「すまんがあの山に咲く、アマサキシラユリを摘んできて貰えないだろうか。顔役の息子が高熱に苦しんでいて、解熱薬が必要なんじゃ」


 彼らに、村から離れるよう願いでてきたのだった。

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