3:宵の夕餉に隠れ潜む

 アイたち一党が、開拓村であるログロウド村に訪れて三日目が終わった。


 村周辺で増えすぎた野生生物の間引き活動は、概ね順調であった。

 初日に森へ踏み入った際と今日とでは、遭遇率に明らかな差が見てとれる。群生の種であれば、仲間を討たれたことへの怯えから。単独で活動する大型獣ならば、戦闘音に警戒して村周辺から引き揚げつつあるのだろう、とはユーイの言だ。


 今日もシロケナガサルの群れを蹴散らした後に縞背猪を二匹仕留め、大猟果に村人達は大喜びであった。今回の依頼は、獲物については報酬に乗せることで折り合っているため、全て村の取り分となる。

 とはいえ、三人も晩餐にておっそ分けとしてありつけていたが。


「ペイルアンサの夜とは違って静かねぇ。気持ちいいわ」


 アイは、そんな満腹をこなそうと、夜の村を散策していた。

 土を圧し固めた道を、月明かりを頼りに足を軽く。

 雪の解けた春だとはいえ、夜はまだ冷える。森の木々を揺らす風が吹けば尚更。

 鼻に届くのは、晩餐の残滓と、芽吹いたばかりの緑の香り。ここから少しずつ臭いを濃くしていき、夏へと衣を変えていくのだ。

 

 五感で静けさに波立つあれこれに楽しみながら、まだ慣れない小さな村を散策していく。

 

「……かし、予定ではまだ……」

「……としても、準備がある。遅れは……」

「無論だ。しか……ないか?」


 遠い森の歌声に混じり、囁くような潜むような、そんなやりとりの声が耳に。

 探り耳を立てれば、出処は一つの家屋。立ち姿は、並ぶ小屋に大きな煙突を備えた、いかにも鍛冶職人の住処であり、鍛冶職人といえば入村時に挨拶を交わしている。

 顔役として村長の次席であったはずだ。


「村寄り合いでも開いているのかしら」


 村長の家は客として自分たちが居座っているため、場所を変えたのだろうか。そうであっても、どうして声を隠すように会話するのだろうか。

 持ち前の好奇心がくすぐられ、足音を殺す。気取られないよう、明かり漏れる窓を軽く開けて様子を伺った。


      ※


 小さな村では薪も油も余裕なく、灯火は貴重品だ。

 なので部屋の中は薄暗く、かろうじてシルエットを伺える、という状態。とはいえ、当初の予想である村寄り合いではなさそうだ。

 たった五人では、少なすぎる。

 居合わせているのが、村長、鍛冶職人、狩人頭、大工頭領と顔役ばかりであることも否定の材料になるだろう。


 であれば、いわゆるトップ層の会議かと思えば、不審な異物がある。

 四人は顔役であるが、残り一人は?

 影が濃くて判然としないが小柄な女性のようで、では誰かの奥さんなのかと首を傾げれば、


「……こちらは止まれません。事前に話した計画の通りに実施いたしますよ」

「……致し方ない。完全にこちらの落ち度だ」

「村長……しかし、どうする?」

「どうにかするしかあるまい。探索者ならば、どうにかなるて」


 なにやら不穏な雲行きとなっていく。

 アイは青褪めながら、せめて剣だけでも下げてくればよかった、と後悔。すぐに立ち去る必要があるが、その前に女の顔だけでもと目を凝らし、背伸びを。

 けれども失策であった。


 押し上げられた窓の蝶番が、錆びつきから高い悲鳴をあげたのだ。


      ※


 五対の瞳が一斉にこちらへ向けられ、完全に視線がぶつかり合う。


「誰だ⁉」

「村の者か⁉ 探索者の方か⁉」


 一拍おいたのち、慌てた彼らが外を目指して出入り口に殺到してくる。


 まずい。

 身体能力の差から殴り勝てる自信はあるが、人数差がある。

 加えて、問題を起こして村から離脱となれば、探索者としての評判に疵がつき、活動にも影響がでるだろう。


「姿を見られる前に逃げ出しておけば良かった……!」


 先に立たない猛省をし、彼女はひとまず顔役たちと対峙する方向で決心。

 血を見ることになるかもしれないが、今から逃走して弁明なしに後ろ姿を確かめられるほうが厄介だ。

 さて、どう言葉を作るか、と頭を巡らせると、


「おうおう。賑やかじゃない。どうしたんだよう」


 横合いから、意外な声がかけられるのだった。


      ※


「誰だ! 動くなよ!」

「おい飛び出すな! 武器を構えろって!」


 顔役らは、村長が五十代で、他が三十から四十代。現役からは一線を引く年齢であるが、肉体的には壮健であり、まだまだ若い者には負けない自負に溢れていた。

 なので『密談』を盗み見た不心得者も腕っぷしでどうにかなると、なんなら探索者だったとしても四人がかりなら、と考える次第だ。


 村長を後ろに、若手三人から飛び出していく。

 血気盛る彼らが追い詰めたのは、


「オジサン! 吞み過ぎなのよ! こんなとこまで来て!」

「おおアイちゃんよう、厠はどこだあ? いつものところにないんだよう」

「ここはいつもの酒場じゃないの! ちゃんとしてよ!」


 若い相棒に介抱される、泥酔した壮年の姿であった。

 厠、といいながらボトルを持ったままなあたり、相当な酩酊状態であるのがわかる。


 呆気にとられた若手衆は互いに顔を見合わせ固まってしまう。なので村長が、強ばり気味の声音で、事実確認に。


「今しがた、ここから覗いていたのは、ユーイさんでしたか?」

「あ、すいません、お騒がせして!」

「厠がよう、どこにもないんだよう。一生懸命探しているんだけどよう」

「重い重い重い! 自分で立ってよ!」

 

 正体を無くした壮年に、顔役らは息を詰める。


「ユーイさん、今しがた覗き込んだ時に、何か聞きましたかな? 一応、顔役の会議ですので、村人に漏れたらうまくないんですよ」

「今しがた? ああいやあ、どうかな……声は小さかったし、厠じゃなかったしなあ」

「……家の近くでなければ、その辺りで構いませんよ」


 ほんとうかい、とにこりと笑い、人気のない方へひょこひょこと紛れていく。

 残された不安げに見送る少女へ向き直り、


「アーイントさん。申し訳ないが会議の途中でして。ユーイさんをお願いできますかね?」

「え、あ、はい! こちらこそ申し訳なかったです!」


 ひとまず、閉幕を決断したのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る