2:隠し事が成り立つのは相手がいるためだから

 ペイルアンサ外周部に大門を構える、探索者ギルド。

 夕暮れが夜となり、一仕事を終えた探索者たちが命の洗濯をいかにするか翼を広げ飛び立つ時刻である。


 ピークを越した受付ホールは、窓口職員を含む事務員たちばかりだ。

 彼女たちの業務も、あと間もなくというところ。

 本日の釣果による各徒党の実績評価に、無事達せられた依頼の処理、明日に大掲示板へ張り出す依頼の確認に押印などなど。

 日が沈みきる前には、二階の幹部らを残して無人になるのが常である。


 ガンジェ・ベイもまた、常ならば書類の耳を揃えて、ラストスパートのように承認印を圧している頃合いである。

 であるが、今日は少しばかり雑用が立てこんでいた。


「ギルド長。こちら、ログロウド村からのお手紙です」

「おうおう。律義な村長さんだ」


 代表であるダンクルフの執務室へ、彼宛ての急ぎの手紙を届ける仕事である。

 本来は自分の上司となる窓口担当部の代表が担う役割であったが、つい先日の『朝のピーク時に幹部ら数名を正座説教した』実績を買われてしまったようだ。


「はてさてお礼かな?」

「苦情ではなくてですか?」


 へらへらと笑いながら、ランプの揺れる日に宛先を照らしだすギルド長に、ガンジェは肩を落とす。

 口にした懸念には理由があるからだ。


「村からの依頼、しばらく止めていたでしょう?」

「怖い顔するなよ、ガンちゃん。仕方ないだろ、実力人品ともに信用のある探索者なんか、限られてくるんだぜ。紫カードでも、往来で小汚いおっさんにケンカ吹っ掛けて、挙句返り討ちされる輩がいるくらいだ」

「……いくらユーイさんでも、小汚いと言われたら傷つきませんか?」

「おいおいまじかよガンちゃん! あいつを庇いだてするなんて! 許せねえ……!」


 拳を握って打ち震える姿に、疲れを見せるようため息を。

 呆れられた壮年は、に、と笑みを返して理を主張する。


「おう、すまんすまん。まあ、頃合いを見て、幹部の誰かが出向く予定だったんだ」

「まあかの『十一の爪先』であれば、先方も安心でしょうし。それで、ユーイさんを?」

「信用があって、自由の利く身だからな。それに、ギルド立ち上げの時にバックレたんだ、これぐらいの帳尻合わせは許されるだろ?」

「その辺りの叩き合いは、身内でお願いします。けどまあ、今回はユーイさんが適任でしょう」

「うん? その心は? ただ強い、ってだけでなく?」

「……もしかして、ただの報復人事だったんですか?」


 可愛い感じで舌を出しても、誤魔化せないし、なにより可愛くないのでやめて欲しい。

 こちらの切なる思いを汲み取ったのか、手紙の封を切りながら、先を促してくる。


「開拓村は、人類圏の最前線になります」

「そうだね。一歩踏み出せば、すぐにゼンバ大森林。自然の手にある領域の直近に築いた、我らが橋頭保だ」

「はい。もっとも突出した、人側の最奥地。つまり、森だけならず」


 その奥にて潜む者どもとも。


「魔王領です」


      ※

「てっきり、探索者の派遣を躊躇っていたのは、そこがネックなのだとばかり……」


 魔族は、過去に倣えば『戦争』と『停戦』が成り立つ相手。

 つまり、こちらとあちらは、互いに『政治上』で『外交』へ踏み込むことのできる相手であるということ。


「森の中で万が一にも接触した際、戦時中に活躍した『名前』が価値を持つ可能性がある。だから『十一の爪先』派遣を考えていたのだとばかり」


 相手にも名が知れていれば、不測の事態も回避できるのでは、という浅知恵である。

 けれども、歴戦の猛者の芳しくない反応を見るに的外れのようだ。どうやら、本格的に個人的嫌がらせの線が濃厚になっていく。

 こちらの推察に、困ったような笑い顔で顎をしごくと、


「いやあ、そこはそんなに気にはしていな……ああ、そうか」


 瞳が、突然に納得を作って、柔らかさを拭い払った。

 長の変わりように、ガンジェは目を見開いて驚き、言葉の続きを待つ。


「……時期を失念していた」

「え? 何がです?」

「そうか、魔族か……いやしまった」


 要領を得ない独り言を繰り返すダンクルフに首を傾げれば、彼は手紙を取り出し、軽く目を通す。そうしてすぐさま、参った、と顔を手紙で覆う。


「どう、しました?」

「急ぎの手紙、ってことだったよね?」

「ええ、はい。受取の際、本日中に手渡すように念を押されていますが……それが?」

「お礼でも苦情でもなかったよ」


 身軽に体を起こすと、手紙を封筒ごと引っ掴む。

 事情が呑み込めないガンジェが見守る先で、ランプの蓋が持ち上げられ、


「え、ギルド長⁉ お手紙、燃えてしまいますよ!」

「いいんだいいんだ。こうしないとダメなお手紙だったのさ」


 受取人の手によって、ともしびにくべられてしまう。

 じわじわと焦げ目を広げる白紙を見つめる目は、どうにも悔やんでいるようで、


「なにが書かれていたんです?」


 尋常ならざる様子に、一受付職員はおずおずと尋ねるしかできない。

 盛る火を眺め壮年は、そうだな、と一拍。


「確認だった。確認と、事後承諾かな? そんなお手紙だったよ」

「? 意味がよく……」

「ガンちゃんになら教えてもいいけれど、これより先は口外厳禁だ。『それ』を『俺』が口にする意味は、わかるね?」


 人智ならざる英雄が、直々に『口止め』を執行するということか。

 背から腰を、恐ろしさが冷たく撫ぜる。

 けれども、


「大丈夫です。教えていただけますか」


 構わない、と見せてくれた信頼は嬉しいもので、期待外れとはなりたくはない。

 なにより『彼ら』を不穏な最前線に赴かせてしまった責任を感じるところでもあり、僅かでも荷を分け背負いたいと願って。


 ダンクルフは、頷き笑う。

 けれども、いつもの軽薄さは微塵も消し払ってしまいながら。

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