第四章:在りし日は秘め事ばかりで、手を取るに拳を見せることもある

1:草根を分けるは誰が為か

 イルルンカシュウム大陸北部には、針葉を中心とした巨大な森林が広がっている。

 北限の魔王領と、人間の領域を別つかのように横たわり生い茂る樹木の海は、その深層部を誰のものともしないままに、自然の暴威を振るい続けていた。


「アイちゃん、上だぞう?」

「え⁉ や、ちょっと正面で手一杯よ!」

「やああ! あのお猿さんたち、石を投げてくるんですけぇど!」


 ゼンバ大森林は、深い地点ほど食物連鎖の階層数が密度を増し、生存競争が激化していく。

 未だに居座るのはすべからく勝者であり、何かしら武器を持たなければ生き残ることなどできはしない坩堝である。


 時に、木々を縫い駆ける俊敏さであったり。

 時に、大木すらへし折る剛腕さであったり。

 時に、現状況を利用する目聡さであったり。


 いま、ユーイたちが相対しているのは最後者。木々の枝上から囲んで石つぶてを投げつけてくる、知恵を武器とした猿の群れであった。


「いくら森に近い集落だって、踏み入れた途端に中層規模ってどうなっているのよ!」

「深い浅いは、ギルドが定めた指針ですからぁね。場所によっては、こういうこともありますぅよ」

「泣き言は後にしておいてよう。とにかく集中するんだ」


 囲まれた時点で、対応したのはユーイの弓とレヴィルのキセキだった。

 矢は急所を撃ちぬき仕留め、歌声に宿る神の加護は生み出し衝撃波で枝ごとへし折り叩き落としていく。

 地上に落ちた個体のうち、樹上に戻ることを良しとしない勇敢な者は、剣と盾が主兵装のアイの相手となる。 


 小柄なため、それぞれは容易く討ち取ることができた。

 が、数が多い。

 自然と、敵意を剥きだし歯茎を捲り見せる敵対者全てに目は回らず、


「アイちゃん! 後ろですぅよ!」

「え⁉ どこだって⁉」


 死角に忍びこむ者は多数。

 そこから石つぶてが見舞われるため、どうしても反応が遅れる。


 正面の猿を盾で押さえつけながら振り返ったアイが見たのは、こちらの視界に迫る弾丸。


「っ!」


 盾は、敵を解放することになるため使えない。

 逆手の剣は、振り切ったところであるから、引き戻しにラグが。

 仕方なし、と身構える。


 編んだ覚悟は、けれども無用となった。

 すわ激突、というところで、石が砕け散ったのだ。

 破片が降り注ぎ、鎧を引っ掻いていく。


「へっへっへ、上手くいったよう」

「あらあ、おじさまお見事ですぅね」

「ちょっと! 助かったけど!」


 ユーイが、横合いから石つぶてを撃ちぬいたのだ。

 神業の範疇に入る一手であるが、アイには不平が残る。


「少しずれたら、私のこめかみに穴が開くような距離じゃないの!」

「ちゃんと狙ったから大丈夫だって」

「おじさまの場合、その『ちゃんと』が短いですからぁね。ちゃんと、じゃない時と区別がつかないのがこわかったんですぅよね、アイちゃん?」


 相棒がくれる、あやすような解説が気恥ずかしく、それ以上に腹も立ってしまって。


「いいから、アンタらはサルをぶち抜いていきなさいよ!」

「アイちゃんさんが怒っちまったよう」

「あらあ、ささっと終わらせましょうぅね」


 面白がる声が返ってくるので、怒りに油を注ぎこまれながら、討伐が続けられるのだった。


      ※


「猿は、一部を除いて食用に向かんのよ」

「熊みたいに内臓がお薬になるとか?」

「そういう地方もありますけぇど、ギルドの出す指針に無い以上は、言い伝え以上のものではないでしょうぇね」


 群れの半数を仕留めたところで、サルたちは撤退を判断。

 樹上を追う術もないためあえなく見送り、今は八匹ばかりの死骸と睨み合っているところ。

 ユーイが、てきぱきと手足を縛り連結させ、担ぎやすいよう荷造りしていく。


「この煮ても焼いてもしょうがない獲物を、村のお土産にするわけ?」

「本当なら捨て置きたいところだがよう。今回の依頼が依頼だからなあ」

「村周辺の間引き、ですぅね」


 現在、彼ら三人はとある依頼を承っていた。

 曰く、開拓によって開かれた新鋭の集落において、野生生物の間引きをして欲しい、というもの。

 一日二日で終わるようなものではなく、村長宅を宿として、長期の滞在を予定してある。

 現在、三日目だ。


「放置して、血の臭いに釣られた奴らが村に現れてもかなわんしなあ」

「すぐ近くの森が中層クラスなんて、大変ですぅね」

「開拓村てなだけあって、森に近すぎるのがいけないんじゃない?」

「それだけじゃあない」

「え?」

「さっきのシロケナガサルだって、本来はもう少し奥で群れをつくるはずなんだ。群れの頭数も少なかったし」


 懸念である。

 ペイルアンサ近辺も熊が平然と現れ、当たり前のように食物連鎖へ組み込まれている。

 十年前とは様変わりした、と感慨を覚えていたのいだが、あちこちの森を見る限り、どうも様子が違うようだ。

 懸念だが、今現在は懸念止まりである。


「まあとにかく、もうちょっと実入りのある獲物を探しましょ」

「そうですぅね。なんだか、村長さんとか顔役の皆さん、よそよそしい感じでしたからぁね」


 その、村側の対応も懸念の一つであった。

 村人の大半は好意的な出迎えだったが、村長と顔役たちは気まずい顔色をしていた。


「聞いた話だと、結構前に出した依頼なんだと。だからまあ、今更、とか、報酬の調整とか、いろいろと考えるところがあるんだろうよう」

「まったく……宿代わりに部屋を借りているのに、居心地が悪いったらないわ」

「お土産が多ければ、みんな笑顔になりますぅよ」

「ま、一理あるな。サルを持って帰って焼くだけじゃ、子供らも怯えるばかりだわなあ」


 時刻は昼をまたいだところ。

 疲弊と帰路を考えれば、もう一息で今日の仕事は終わりという塩梅である。


 三人はそれぞれ得物を構え直して、草根を踏み入っていくのだった。

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