6:流れる血の価値

「身代金⁉」


 夜番の職員によってギルド長執務室に届けられた速報は、レンフルフを驚かせるに十分だった。


「あの『指飛ばし』が捕まったってのかよ!」

「なんだよなんだい。お前さん、ユーイのこと知っていたのか」


 であるが、報を受け取った本人は、のんびりと、なんなら微笑ましいとでも言いたげなのんびりとした様子でデスクの引き出しを漁っている。


「そりゃまあ……それより、どうするんだ⁉ うちで救出部隊を組むか⁉」

「そんなまた大仰なこと言いだすなあ、若さかあ」

「大仰て……! 心配じゃないのか⁉」

「そりゃあ心配さ。早めに手を打たないと」


 机の上に広げるのは、公用の小切手束であり、ダンクルフはペンを走らせる。


「野盗どもの指が、根こそぎ『飛ばされ』ちまうだろうさ」

「……は?」

「そんな地獄絵図、ガンちゃんに見せられるかよ! ちくしょう!」


 軽薄なまま怒りを心頭にのぼせ上げ、ギルド長が激発する。

 不明瞭な怒りを発揮する彼に、レンフルフは目を丸く。


「あんた……なにを……」

「おうおう。現場にいるのはあの『指飛ばし』だぜ? なんの事もなし、だ。ただし」


 信頼と呼んでいいのか、不明瞭な絆を見せつけられ、言葉を失ってしまう。

 こちらの沈黙に追い打ちをかけるよう、ギルド長が机から一通の手紙を取りだし、見せつける。


「頭領の指を、飛ばされちゃあマズい理由があるわけよ」


 封印に施される紋は炎と熊を合わせた意匠であり、それは、


「ジョルダン家の家紋……?」


 レンフルフが探り当てた、廃砦の最後の指導者が家紋であった。

 戦後、出奔同然の実家に帰ることなく、行方知れずのままになっている。そんな彼の実家が、どうしてギルドに手紙を?

 途端、予感めいた閃きが走り、自らの想像力に反吐を覚える。


「まさか、ギルドは知っていて放置していたのか!」

「察しが良すぎるだろ、ぼうず。ま、色々な力学が働いた結果、政治的なアンタッチャブルになっていたわけだ、あの野盗団はな」


 報告にきた職員が戸惑う中で、ダンクルフは小切手と手紙を掴み、


「ギルド長、どこへ……?」

「どこって、向こうの遣いは下だろう? こいつを手渡すのさ。指飛ばしをとっ捕まえたのが、あいつの年貢の納め時ってなわけよ」


 機は熟したのさ、と軽薄に笑いながら。


      ※


 ……まさか、こんな目にあうなんて。


 ガンジェ・ベイは生きた心地がしないまま、怒りに満ち満ちていた。

 歩き詰めで足は痛いし、昼から何も食べていないからお腹は空いたし、地べたに座らされて制服は汚れるし、手は縛られて食い込んだ縄が痛いし、ちょっともよおしてきているし、ちょっとだけだけども。

 野盗に目を付けられたのは、不用意に街道へ出た自分が悪いだろう。

 けれども、そんな大切なことは事前に伝えなければならないのでは?


 ……減点減点減点! もう、不合格ですよ、これは!


 怖れにか怒りにかわからないまま打ち震えるギルド職員は、睨むよう原因となった壮年の横顔を盗み見た。

 まあ憎らしい事に涼しげな顔をして、強面の盗賊団頭領と言葉を交わしている。

 それがまた腹立たしい。


 話を総合すると、ギルドの使者であるため身代金で解決する算段らしい。

 であるが、そうなると彼は当然『身代金で助けられた探索者』となり、自分は『身代金で助けられた職員』という不名誉を負うことになる。

 彼はそれで良し、としているのだろうか。

 こちらは非戦闘員であるため周囲も認めてくれるだろうが、ユーイは事情が違うだろう。身代金で助けられたとなれば、今後の活動の評価に繋がる。最悪ギルドのクライアントから『彼以外で』という指定を受ける可能性もある。


 そのうえ、この状況を作ったのは彼自身だ。

 逃げる選択肢を棄て、投降を選んだのだから。


 ガンジェは、いい機会だと考えていた。

 周囲から向けられるユーイの評価は、いささかながら不当だと感じている。

 大物が狩られる現場に同行しているが、手柄は全て、彼より格上のものに。周囲の興味もユーイに向けられることはなく、まるで無視をするように彼の評価につながっていない。


 けれども、今回の昇格審査を契機に改められたなら、と考えていたのだ。

 だから、涼し気な横顔が腹立たしい。

 

 もう諦めたのか、と苛立ちを募らせたところで、


「お、狼だああ! 狼の大群だ!」


 見張りの悲鳴が、砦中に響き渡った。


      ※


「くそ! 森から遠いここを襲うなんざ初めてだぞ! なにが……!」


 フェグマンと呼ばれた頭領が、驚きを隠さないままに立ち上がり、戦闘の準備を指示していく。


 縛られたままのアイとレヴィルも顔を青くするなか、ユーイだけが平然と、なんなら笑みを浮かべている。

 まるで予定通り、とでも言いたげに。


 なにを、と怪訝に思うガンジェは、彼の不審な動きに気が付く。

 縛られた手の平を、握り、開きを繰り返しているのだ。

 意図が分からず、まじまじと見つめていると、滴る何かを見咎めて、


「ユウィルトさん、それ……」

「うん? おお、まあ『手早い』方法さあ」


 血であった。手の平についた傷から、こぼれるように僅かずつ地に染み込んでいる。

 つまり、縛られる直前から、傷をつけていたのだ。

 視線に気が付いたユーイは面白がるように笑い、ひらひらと手を振って見せる。


「なんだ。何をしてやがる?」


 フェグマンがこちらの様子に気がつき、ガンジェの視線を追って壮年の手の平へ目を。

 途端に怒りに剥いて、貴様、と胸倉を掴む。


「血で、狼どもを追跡させたな⁉」

「へっへっへ。血を流すのは弱った獲物さあ。飢えた獣は、弱った食い物を逃がしやしないぜ?」


 軽口に応えるよう、あちこちから悲鳴が立ち上る。

 

「親分! とんでもねえ数だ! 俺たちの装備じゃあ……!」

「だそうだぜ、親分? 手を貸そうか?」


 歯を鳴らす『赤毛熊』に、ユーイは、に、と笑う。

 勝ちを得るに命を賭すその笑いに、ガンジェは正気をまるで見いだせず、心胆を寒々しく震わせるのだった。

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