5:『これまで』と『これから』に重ねる金貨の高さ

 ペイルアンサは夜半を過ぎて、眠りに沈む。

 城壁内は明日の英気を養うために、明かりが消される。巡回兵が下げるランタンが水辺の蛍のように、僅かな領分を夜から取り戻しては手放すばかりだ。

 翻って城壁街を見れば、やはり大部分は夜闇に沈むのだが、例から漏れる一角がある。


 いわゆる探索者横丁と呼ばれる、狭苦しくいかがわしい通りだ。

 稼働日が自らに裁量のある彼らは、毎日誰かの休日であり、休日前夜になる。今日の獲物の大きさや実入りの良さを吹きあいながら、空が白むまで騒ぎ立てるのが常だ。

 小さな城々は、賑やかしく夜を深く楽しんでいく。


「今日も街は平和なり、ってか」


 そんな些細な宴の灯を、ギルド長ダンクルフ・ケインは執務室窓から見下ろしていた。

 今しがた、城壁内のとある商家のパーティから帰ったところで、礼服を解くことも、手荷物を置くのも未だである。


「日誌の締めには、良い文言だろ? なにより、毎日使えるところがいい。なあ?」


 冗談交じりで問うのは、背後。

 ドア前に立つ、杖をつく人影に向けて。


「それで? 俺の帰りを待ち伏せしてまで何の用かな?」


 ほのかなオイルランプの灯に照らされる『ペイルアンサ最大徒党』の頭領に、歓迎を示す笑みを浮かべて見せた。


      ※


 ギルドの使者である旨を告げたユーイら一行は、


「どうしてこんなことに……」

「これなら、森に逃げ込んだ方が良かったんじゃない、オジサン」

「ああ……せめて、狼さんがどんな味で食感なのか、それだけでぇも……!」


 後ろ手に縛りあげられ、野盗らの根城である廃砦に連れ込まれてしまっていた。

 夜空を天井に、五十人ほどの荒くれ者たちが火を囲み、酒を喰らい、肉に舌鼓を打つ。

 それを、空きっ腹で、面倒だからという理由で武装解除もされないまま、片隅に座り込まされ眺めさせられていた。


「ああ……ああ……! 口惜しい……!」

「ちょっとレヴィルさん! よだれ! よだれが!」

「ほんとにこの子は……ねえ、オジサン?」


 アイは相棒の酷いありさまから目を逸らし、泰然と縛られたままでいる壮年に問う。


「どういうこと? 野盗なんて、取るものを取ったら男はザックリ、女は『御使用』じゃないの?」

「おう? どこで聞いたか知らんが、どちらかというと男の方が生かされるぞ?」

「そうなの?」

「戦争奴隷に限らず、人買いが欲しがるのは労働力になる男さあ」

「ちょっと! じゃあ、オジサンが平然としているのって……!」

「違う違う、落ち着けよう。算段はあってな……ほら来た」


 相棒とは違った意味で緊張感なく、弓を取り上げられた彼は笑い、顎で先を示す。

 焚火を背にこちらに歩み寄るのは、一人の偉丈夫。


 手入れのされていない赤髪を伸ばし放題に背まで垂らした、頬に傷を持つ男。

 過酷な略奪生活に毒されたのか、眉のしかめた悪の滲む人相だ。

 彼は衣裳の朽ちたチェストプレートを音鳴らしながら、しゃがみ込んでこちらを覗き込んで来た。


「……なにかしら」

「そんなに怯えるなよ。同類なんだぜ?」


 凶悪さは目減りしないままに笑い、自分の右胸の小さな円を指し見せる。

 それは紋章であった。

 熊と炎が合わさる、所属する家を示す証。

 であるが、大きなバツが刻まれ、身分証としての効力を打ち壊され、威風は過去のものとされている。


「不名誉印?」

「おう。お嬢ちゃんの、ピッカピカなそれと一緒さ」


 つまり、彼も騎士貴族の身分を、生まれ育った家を追いやられたということ。


「一体全体、どんなお転婆をやらかして放逐されたんだ? こんな立派な鎧を持たせるとこを見るに、それなりな家だろう」

「……改易よ」

「ああ……そうか、親兄弟のやらかしか」

「戦争出費を誤魔化しきれなくなって財政破綻よ……そっちこそ、どうなのよ。人にあれこれ詮索するなら、自分の身の上も話したら?」


 武器は奪われ手は縛られていようと、気圧されまいと威圧的に振る舞う。

 野盗の頭目は、驚き、面白がるように顎に手を。見るに、どう面白おかしく物語を教えようか、という悪だくみの顔だ。

 二拍ほどの沈黙の後、声があがったのは意外にも隣のユーイからであり、


「大将。思うにあんた、ここの砦を任されていたんじゃないか?」


 なおかつ思いもしない言葉であった。


      ※


「あの戦争。領土や恩賞やらの旨味はなかったから、各家は戦力をださんかった。駆けつけるのは個人の栄達で一発逆転を目論む、三男四男ばかりでな」


 ろくな教育も受けていない騎士を名乗る愚連隊であり、士気も規律も低い。


「そんなろくでなしの中にも綺羅星は混じるもんで、その中に一際優秀な男がいたそうだ。赤髪をなびかせ、並み居る魔族を打ち倒し、自らの血潮で喉を潤す……」

「おうおう、人がせっかく愉快なトークで口説き落とそうとしているってのに」

「へっへっへ、そいつはすまんかったなあ。要害に打ち込まれた不動の楔『赤毛熊のフェグマン・ジョルダン』よう。有名人に会えて嬉しくてなあ」

「……ったく、戦争世代はやりずれぇな」


 壮年が示した名は、どうやら正鵠であったらしい。

 頭領は苦笑いで顎をしごくと、こちらに向きなおり、


「嬢ちゃん、俺とこいよ。クソみたいな戦争でいろいろ失くしちまったんだ、取り戻す権利はあるだろう、俺たちにはよ」

「なるほど、そういうことね」

 同情からくる勧誘であったか。

 気持ちは分からないでもない。実際、自分も、見も知らない戦争の負債によって家を追われたのだから、理不尽に思うところもある。


「連れも一緒でいいさ。破格の条件だぜ?」

「悪いけど」

「……そうか、仕方がねぇな」

「探索者のほうが性にあっていてね」


 できるだけ不敵に笑い返し、謝絶を示す。

 フェグマンも笑い、想定通りだと体を起こす。


「ま、日が明けるまでの付き合いさ」

「どういうこと? 夜明けとともに処刑ってことかしら?」

「バカ言うなよ。ギルドの使者を殺したとなったら『十一の爪先』がすっ飛んでくるだろ」

「じゃあ」

「金だよ、金。今頃はこっちの使者が、ギルドにお手紙を届けたところだろうさ」


 そうなれば晴れて放免さ、と笑いあげる。不思議と、悪意の見えない軽やかな声で。

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