4:あの日々に流れ失ったモノの形を、繰り返すか否か

 イルルンカシュウム大陸北部。

 大陸を横断せしめんと思い違えるほど深き大樹海の奥かなたを、いわゆる『北の魔王』はその本領としている。

 己が力と眷属の数を以て『神』の手の内から、小狡くせしめているのだ。


 幾百年も続く不当占拠に、神の信徒である正神教会は正義の兵を挙げる。神のものを、神の御許へ取り戻さんがため。

 兵は、草原を踏み蹴り、森を切り開き、魔王の属する里を焼き払い進んだ。


 胸に正義があり、明日には希望が待つ。

 されど、邪悪な魔族の抵抗は強かった。

 当初、半年ばかりの計画であった『聖堂騎士団』の軍事行動は予想外の遅延にあい、雪深い北の地で越冬を余儀なくされることに。

 食糧事情は当地の領主や有力者からの支援で賄えたが、兵員の疲弊、欠員はいかんともしがたく、再編を迫れる。


 そこで、春を迎えての再侵攻前に打ったのが、各地への檄文だ。

 魔王討伐を叫ぶ高札は、高尚な正義の在り方、神の御言葉の有意性などつらつらと書き連ねられていた。誰も胸の良心や正義を昂らせはしたが、しかし、最も関心を引いたのは日々の食事への言及であった。


 各地より、地位に拘らず将来を見通せない三男以下がこぞって詰めかけ、義勇兵団が膨れ上がり、魔王軍との戦闘は五分と五分に。

 当然戦火は激しく燃え盛り、冬を迎えるごとに寄付が強請られる。

 逼迫した領主たちは補填を領民に求め、納める余裕のない領民は土地家を切り売りし、さらに家督相続の余裕が削ぎ落とされ、先を見通せない相続者たちが数を増やし、さらに檄文に集まる。


「そんなサイクルが十年も続けられたのが、前の戦争だったわけだあな」


 囲む野盗らをつがえた矢で牽制しながら、ユーイが高説をくれる。

 背に怯えるガンジェを隠しながら剣を構えるアイは、彼の投げやるような口ぶりに不思議を覚えながらも、その必要性に疑を挟む。


「興味深いけどね、オジサン。いま、それ必要かしら?」

「わかんねぇのかよう」


 彼の声に隠れる疲れが、一際濃く現れる。


「膨大な数の兵力が集められ、終戦と同時に補填もなく、教会は一気に引き上げていった。残された荒らくれ者たちはどうなる?」


 聞いた話では、探索者ギルドが彼らの受け皿となっていたとか。

 しかし、土地は荒れ、開墾を進める元手も人員も吸い取られてしまったこの地域においては、その皿の深みはたかが知れていた。

 当然であるが、溢れこぼれる者もいたはずであり、


「あ……」


 彼らは家の、軍の、ギルドの、国の、各々の都合で放逐され、され続けた者たちなのだ。


「おう。魔族相手だってアホらしいってぇのに、同じ人間、しかも同じ境遇の連中と遣り合うなんて御免だぜ」


 答えに至ったこちらに、に、と口端を上げる。けれども、やはり疲れがあるのか重い。

 果たして、この壮年の思う処を、若い自分は正しく理解はできないだろう。しかし、我が家が改易となったのは、先の戦火による財政逼迫によるところが大きいと聞いている。

 であれば、取り囲み舌なめずりする面々と自らは、大きく分けて近しいとも思えて。


 動揺に、ユーイが追い打つ。


「それで、嬢ちゃんは人を殺す覚悟はあるかい?」


      ※


 それを避けるために、彼は街道を逸れたのか。

 てっきり、デスクワークばかりのこちらへの嫌がらせで森を進んでいたのだと、一ミリの予断なく信じ込んでいた。

 年長者の思惑に至り、ガンジェは自らの軽挙を後悔していた。


 動揺に、彼が追い打つ。


「ガンちゃんさんは、人を殺させる覚悟はあるのかい?」


      ※


「それでおじさま、どうするつもりでぇす? 皆さん、輪をすぼめて迫っていますけぇど」


 自分が所属する母体の凶行であり、傷痕だ。

 レヴィルにとっては耳に痛い現実なのだが、だからとって目の前の状況を投げ打つわけにはいかない。

 言動から、こちらの命を狙う野盗らと矛を交えるつもりはないだろう。

 ならば逃げるしかないだろうと、背後の森に目を。

 黒々と口を開く夜の森は、しかし、リスクが高くはないか。

 明かりを灯せば当然目視され、月明かりも届かないのでは見通しも効かず、はぐれたなら迷ったならと、リスクが重なる。


「まあ、早い手を取るかあ」

「早い、ですぅか?」


 焦りと不審を眉根ににじませながら、頼れる年長者の動向を注視すると、


「え? おじさま?」


 おもむろに、張りつめた弦を緩め、矢を外してみせた。


「オジサン⁉」

「ユウィルトさん! いま構えを解いたら……!」


 二人の焦りも当然だ。

 数に勝る先方が包囲を狭めないのは、一重にユーイの長弓にあるからだ。

 威を張りつめ誇示する一撃は、進んで受けたいものではない。士気の低い野盗の、自分だけが痛い目を見るのは嫌だ、という利己性でもって抑止している状況である。

 たがが外れたなら、すぐにも押し寄せるだろう。


 囲む側も、思わぬ状況の進捗に困惑し顔を見合わせる。

 それら全てを意に介さず、


「こちらはハダス村に向かうギルドの使者だ! 代表は居るか!」


 ユーイは、声高に身元を明かすのだった。

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