3:獣の道に人の道に、リスクは伏せる

 ペイルアンサからハダス村までの道程は、おおよそ二日となる。歩くだけならば、容易な道行きである。

 かつて前哨基地が築かれた地で、荷馬車を主要とする街道が築かれているため。

 戦後、各方面の補償によって財源が逼迫しているために、整備の手は滞りがちであるものの、いまなお、問題なく運用されている主要道だ。


 そんな容易い旅程であったが、


「あああああ! オジサンの言う通りにしたらこのザマじゃない!」


 四人は夕暮れ近付く頃合いに、


「ど、どうしてわざわざ街道を逸れたんです⁉」


 森の中で、


「ひい、ふう、みい……シロガミオオカミが五匹ですぅよ」


 冬越えの飢えを隠しきれていない、狼の群れに囲まれていた。


「そんなに責めんでくれよ。晩飯が向こうからやって来たんじゃないか」

「なにを呑気に……! 減点! 減点ですよこれは!」

「ガンさん! とにかく私の後ろに!」

「あらあ、オオカミさんは初めてですぅね!」

「今時期はまだガリガリで、あんまり旨くないんだよなあ」

「こらレヴィル、膝を付かない! オジサンも士気を下げること言わないでよ!」


 壮年は笑い、夕餉の彩りのために背の弓を引き抜くのだった。


      ※


 重装甲であるアイが非戦闘員を庇い、枝やら藪やらが邪魔となるはずの大弓を平然と降りまわすユーイが横合いから仕留める形となる。

 軽装の聖職者は、夕暮れの森林内にキセキを用いて明かりとし、時に狼たちの視界を塗りつぶして援護としていた。


 瞬く間に四匹が仕留められ、


「あらあ、逃げちゃいますぅよ」

「まあ、一人一匹だから、獲物として十分でしょ」

「その、私の分は……え?」


 脅威を仕留めたと一息ついた三人の、緩んだ空気を裂くように風鳴りが揺れた。

 ユーイの一矢である。

 呆気にとられる視線の先で、矢じりが逃げるオオカミの首筋を射抜く。角度から、頭蓋を割って脳に至っているだろう。

 震える弦を指で止めながら、狩人は口端を笑みにあげる。


「油断はいかんぞう」

「え、だって逃げていたじゃない……」

「仲間を呼びにいったんだよ。狼は群れで生活するからな。食い物なら独占しようと少数で現れるけど、縄張りを侵されるなら総出になるぜ?」

「ペイルアンサあたりじゃあ、あんまり見ませんからぁね。勉強になりまぁす」

「あの辺、熊やら猪やらばっかだもんなあ……よし、二匹ばかり持ってずらかるぞ。血の臭いに、あれこれ集まってきかねん」

「え? せっかくの獲物じゃないですか。ギルドに持って帰れば……」

「ガンちゃんさん。狩りじゃなくて、旅の途中だろ、俺らは。余計な荷物は邪魔になるだけだよ」

「確かに……業腹ですが加点としましょう」


 と、生真面目なギルド職員の言葉に、ユーイは思わず吹き出してしまった。


 横たわる獲物のうち、肉付きの良いものを二匹選ぶと背負いあげ、移動を開始。

 比較的に森の浅いところを、夕日から隠れるように進む。

「アイちゃん、鎧には慣れてきたみたいだな?」

「え? ああ……」

「ちょっと、ユウィルトさん。アーイントさんは立派に戦っていましたよ?」

「いやいやいや。褒めてるんじゃんか、ガンちゃんさん」

「けどおじさま、よく見ていますぅね、あの乱戦で」

「へっへっへ。大事な商売道具だからな、この目はよう」


 以前に相談した、装着者の感じる重量と実際の慣性からくる感覚の齟齬である。

 狼という、数に頼んだヒットアンドウェイを主戦術とする敵を相手に、受けて返す動きを及第点にこなしていた。

 本人曰く、


「熊と違って、一発の重量と威力が無いからね。うまく行ったように見えただけよ」

「そうやって勘を養うのが重要さあ。あとは」

「わかっている。決め手よね。結局、一匹も仕留められなかったし」

「おう、さすが。戦う術が教養の騎士の出自は伊達じゃあないねえ」


 家紋に刻まれた不名誉印に目を走らせると、む、と鼻白んで見せる。

 だが僅かのあいだで、すぐに嘆息。


「女だてらに家宝の鎧を預けられた、その意味は分かっているわ。離散する武門家で、一番に剣の筋が良かったってことなんだから」

「頼もしいねえ。ま、騎士様の本領は、本来境界線を押し合う人間相手だからなあ。野生生物相手じゃ勝手も違うんだ、気張るこっちゃあないさ」


 どうしてもってなら、目を狙え目を、と半ば冗談となるアドバイスを残して、ユーイは歩を進めていく。


      ※


 日が山の向こうへ身を投げる算段になって、


「ど、どこまで行くんです……!」


 普段はデスクワークのガンジェが根をあげるに至った。

 狼を撃退したのち、四人は年長を先頭に、以前として森を進んでいた。


「おじさま、もうそろそろ火をおこさなぁいと……」

「ランタンくらいあるけど、知らない森の夜行軍とか勘弁してよ?」


 探索者たる二人もガンジェに同意して、眉根に疲れを隠さないでいる。


「いやな、キャンプにいい場所がなかなかなくてなあ」


 獲物を二匹背負った彼は困った風に顎をしごいて、暗くなる森を見回していた。

 言う通り、ここまで開けた場所というところは無かった。誰も土地勘があるわけでもないため、仕方がないことである。

 であるので、ガンジェは常識的な提案を示す。


「いや、ほら、すぐ向こうは街道ですよ? いつ狼が忍び寄るかわからない森の中よりも安全じゃあありませんか」

「まあ、ガンさんの言うとおりよね。開けているから、見張りも楽だし」

「狼さんも、早く処理しないと臭くなっちゃいますぅし」


 アイもレヴィルも意見を合わせて、視線を森の外へ。

 彼女らの言葉にユーイは眉を苦く歪める。


「街道があるってことは、人が通る道ってことだぞ? つまりな……」

「合理的な交通網ということですよね。わざわざ森に入って遠回りするよりも、理想に適った旅の道じゃありませんか。やはり森への進入は減点ですね。さ、アーイントさんレヴィルさん、森の外でキャンプの準備をしましょう」


 捲し立てるように論破をかますと、藪を割って、森の外へ。


「お、おい、ガンちゃんさん! ダメだって!」


 草木の擦れる音に混じり、森の中だけでイキイキできる男の制止が聞こえてくる。

 が、意味もなく、視界が狭く暗い息詰まる木々に囲まれるのはもううんざりだ。


 藪を抜ければ、すでに星が瞬く宵の口。

 一日の残光が、ほのかに遠くの街道を浮かび上がらせている。

 晴れ晴れと、すっきりした面持ちで夜の冷たい空気を吸い込むと、


「伏せろ!」

「え?」


 緊の張ったユーイの声が背に届き、きょとんと驚いた足元に、


「……え?」


 街道方面から放たれた矢が、足元の土を抉り刺さった。

 矢の尻の揺れ具合から威力は押してはかられる。ただの制服に過ぎないこの身に受けたなら、一命を、少なくと旅を続けるのは不可能となるであろう一撃。


 理解し、そうしたなら膝から力が抜けてしまった。

 意図せず崩れる体を、


「っと、しゃんとしな嬢ちゃん!」


 森から飛び出したユーイが支え受け止める。

 彼を追って飛び出してきた二人も、既に臨戦の状態にあり、


「射かけられたの⁉ 何事⁉」

「明かりを出しますぅね!」


 剣は抜き放たれ、キセキを招く歌声が響く。

 急転した状況でガンジェは、背の壮年がやっぱりなあ、と苦く呟くのを聞く。


「合理的な交通網、ってことは人が利用するってぇことだ。ことさら、この辺には戦時中に砦があったから、よく整備されているだろうさあ」


 つまり、と、夜闇に隠れる街道方向を指さす。

 同時、歌声に呼ばれた発光球が同方向に投げ込まれ、


「連中が根を張るのに、適しているって塩梅なわけよ」


 そこにいる『彼ら』を照らしだす。

 手入れの怪しい革鎧を基本に、研ぎの甘い刃物や弓矢を構え、若い女を見る目に下卑た色を浮かべ、されど人智を越える明りに驚く一団。

 俗に野盗と呼ばれる連中であり、


「そんな……なんて人数なの……」


 十を優に超える頭数が、こちらを遠巻きに取り囲んでいたのであった。

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