2:行く手はどうも、晴れやかな暗雲に満たされているようだ

 ガンジェ・ベイにとって、今回の昇格審査は不可解なものであった。


 まず、登録から半月を数えるかどうかという時間で、降って湧いたような審査の要請に対して。

 加えて、その要請書類に記されたのが、ギルド長ダンクルフのサインであったこと。


 本来、森林部での新発見や探索経路の確立など、大きな功績を以て審査対象となる。対象となって、ランクに相応しい力量を持ちえるか試し、合否を確かめるのだ。

 確かに、試験者は特定個体や縞背猪撃退に『立ち会って』はいるものの、書面上はどれも現場に居合わせた十分な力量ある探索者の手柄になっている。。

 ならば、何を評価して、昇格審査と相成ったものか。

 

 要請者がギルドの最高責任者であるから、トップダウンの決定項であり、一職員には口出しのできる事案ではない。

 であるからといって、


「どうして、若くもない探索者を特別扱いするんでしょうかね……」


 朝日の下、ギルド大門前で準備を進めている壮年へ、面白くない、と表書きした視線を隠すことはできないでいた。


      ※


「朝のラッシュ時間とはいえ、なんかすごい事になってるわね……」

「おじさま、色々と派手で顔は知られていますからぁね……」


 通達から三日が過ぎていた。

 噂が噂に尾ひれをつけてギルドの白カード層に広まりきった、空の青味すら寒々と映える晴天の朝である。


 興味や激励に加え、嫉心も混じる野次馬たちに囲まれて、ユーイはへらへらとそれら視線や声に応えていた。

 最も大きな声は「ガンちゃんさんを返せ!」であり、主にギルド職員有志一団による旗振りによる。最も、上級職員によって即座制圧され、カウンター奥へと引きずられていく姿は哀愁と憐憫のワンツーコンビネーションだ。


 当の敏腕職員はというと、いつもの制服姿にブーツをあつらえ、肩掛けカバンを下げる旅装を整えて、


「なんです、お酒臭い! 審査前日に深酒だなんて、事の重大性がわかっていないんですか⁉」


 元気に血圧を上げて、困った顔のユーイに説教を叩き落としているところであった。


「オジサンもオジサンだけど、ガンさんもリラックスできないのかしらねぇ……」

「ふふ。ガンさん、真面目ですからぁね。さあ、アイちゃん、彼女の血管が切れないうちに合流しまぁしょ?」


 そんなことで美味しい、しかも昇格審査という未来に繋がる仕事をふいにしてしまうのは惜しいと意見を一致させ、二人は幾重の人垣を割っていくのだった。


      ※



「まままあまあまあ! 私たちもいますから!」

「おじさまには、道中厳しく言い聞かせますかぁら」

「いえ、お二人が一緒なら問題なんかないんですが、あの人がなにかしでかして、迷惑をかけてしまわないかと……」


 輪になった女性陣から、ユーイは外れて安堵の息をつく。

 深酒という真実を詰められたために言い訳の効かない説教に晒されていたところを、徒党の二人が到着して救い出してくれたのだ。

 持つべきはやはり信頼できる仲間であるなあ、と感慨に耽っていると、囲む野次馬が輪を一段狭めてくる。


「ユーイさん、ちゃんと帰ってきてね。助けられたお礼してないんだから」

「なあなあ、一緒に連れて行ってくれよ。晩飯ぐらいなら捕まえるからさ」

「ハダスはヤマダケで有名なんだよ。手に入ったら少し分けてくれないか」


 まあ、大半は、どこかで見たことある白カードばかりだ。

 現場か、清算の時か、はたまた仕事終わりの酒場でか。

 誰も、邪気がなく、素直に願い、強請り、笑っている。


 のんきなもんだ、とユーイは苦笑をしてしまう。

 独立独歩が基本の探索者が、他人の仕事に興味を持つばかりか時間を使っていることに。

 ここでぼんやりと人の出立を見送るくらいなら、森に入って今日の食い扶持を、明日の開拓を進めるべきだろう、と。

 旧知であるギルド長が言うに、彼らは『自分の目先を拓くので精一杯』なのだ。

 だから、些細でつまらない祭り事に現を抜かす。


 なんて冷たく思う反面、そんな些細な非日常を見せてやることで、過酷な彼らの毎日へ潤いを与えられるならそれも、嬉しく思うものだ。

 我ながら人間らしい、なんて顎をしごく。


 おおよそ喜色に染まる眼差しに囲まれ、けれど、うちの一対が重く強張り、こちらを見つめていた。

 はて、どうして『今の自分の心持ちと同じ』色をしているのか、と首を傾げて視線の主を見やれば、


「おう、なんだい。お前さんも見送りにきてくれたのか?」


 杖をつく、赤カードをぶら下げた青年であった。

 街最大の徒党『先駆ける足』リーダーであるレンフルフの姿に、叱責を予期した白カードたちが首をすくめ、一角がすぼまるように静まっていく。

 けれど、首領は彼ら所属員には目もくれず、ユーイへ近づいてくる。

 その距離が、鼻と鼻がぶつかるほどまでになり、


「ハダスだろ? 大丈夫なのか? いや、一人なら大丈夫だろうけど……」


 ちら、と持ち上がる視線の先には輪になって盛り上がる女性陣があり、囁く声音は誰の耳にも届かせぬよう警句を届けてきた。

 縞背猪の一件以来、表向きには非接触を保っていたが、人目を盗んで食事や晩酌を共にしている。

 人柄も能力も、十分なことはよくわかっていた。

 その彼が、忠告を持ってきたのである。


「途中にでかい野盗団の根城があって、手紙も行商も、本来はギルド幹部の誰かが受け持っているんだ」

「ああ……根城って砦だろ?」

「……知っていたのか? 戦後に放棄されたやつさ」

「当時の情勢を考えりゃあなあ。思った通り、厄介な仕事だったな、こいつは」

「ギルドの幹部連中が手を出せない、ってことだからな……相棒らの浮かれ加減じゃヤバいだろ。うちから誰かつけるぞ?」

「なんだよ大サービスじゃないかよう……ま、それには及ばんさ。またぞろ、人手がなくなってお前さんが若いのを苛めたら、俺が恨まれちまうだろ?」

「勘弁してくれ、もう悔い改めたんだから……本当にいいのか?」

「言ったろう。厄介とはいっても『思った通り』ってな程度さあ」


 に、と笑って見せれば、レンフルフは不満気ながらも身をひく。

 とはいえ、足を引きずってまで届けてくれた、せっかくの忠告を無下にするのも気が引けて、それならば、と一つ。


「ちょいとばかし、調べ物を頼んでいいかい」

「調べ物? そんなことでいいのか?」

「情報ってのは武器だぞ? 昔の仲間に、よおく教えられたよ。甘く見ないほうがいいぜ」

「……それを言われちゃあ、言い返しようもねぇよ」


 へっへっへ、と笑い、ユーイは内容について告げる。


「放棄前の砦を仕切っていた貴族さまと、その実家だ」

「貴族の? 資料を当たれば、すぐにわかるだろうけど」

「頼むぜ? 万が一の命綱になるかもわからんからなあ」

「え?」

 

 目を丸く、意味が分からないと顔にする若者の肩を叩き、旅の同行者たちに合流していく。

 酒臭いだの、遊び気分じゃダメなのだと、さんざんに説教を喰らわせられながら。

 壮年はへらへらと、行く先の暗雲を見据えるのだった。

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