第三章:在りし日は悪路であり、行く末が見えもしなかったから

1:その傷の、価値を知る者にとっては

 探索者ギルドのホールから見える大階段。

 かつて大商家の屋敷であった名残を残す、見事な意匠が施された芸術的昇降具だ。明り取りの窓もその角度は計算されたもので、西日が差すころには敷き詰められた赤絨毯を鮮やかに染めていく。


 そんな、ホールカウンター奥に残る豪奢な歴史的な偉影であるが、段を踏める人間は限られていた。


 二階に居並ぶのは幹部らの執務室と応接室、会議室。当然、出入りできるのはそれぞれの部屋の主にもろもろの承諾を求める職員、主に招かれた客、そして主となる本人たちばかりである。


「ハダスの村に便りを出さんといかん。いかんのよ」


 組織の長が腰を据える、最奥の部屋。

 かつての主が寝室としていた広々とした執務室に、現在の主の面白がるような声が響く。


「なによ、ダン。定期連絡なら、もう少し後じゃない?」


 ギルド長のダンクルフに応じるのは、応接椅子に腰を横たえさせる、貴族服を着こなした気だるげな妙齢の女。

 対外交渉を統括する幹部、つまり『十一の爪先』の一人だ。

 

「村のキャパからあぶれそうな頭数に、次の行商に持たせる物資の量とか、そんな確認事項の手紙でしょ?」

「定期連絡もそうだけどな。ちょっと前に『割れ爪』が倒されただろ?」

「ああ、らしいわねえ。これ以上被害が広がるなら、幹部でどうこうしようって言ってた矢先にね。どっかの貴族崩れのお嬢ちゃんが倒したって聞いているわ」

「おうおう。で、こないだには平野に縞背猪が迷い出てきたんだよ」

「縞背が? そっちは初耳だけど」

「森の浅いところで仕留め損なった輩がいたらしくてなあ。さいわい、現場に『先駆ける足』の幹部が揃っていて、事なきを得た、ってな報告になっている」


 含みあるギルド長の言葉に、外渉主任は眉を寄せて怪訝を向ける。

 が、あえて見ぬふりで、彼は言葉を進める。


「森の様子が、ちょっとばかりおかしい。鉄爪熊だって、五年前には浅いところにこんな数はいなかったし、平野部に出てくることすら珍しかったんだぜ」

「そうね。私らが現役の頃だと、平野なんてウサギや野ネズミぐらいしかいなかったものねぇ。緋色猪なんか、手頃な獲物じゃなかったわ」

「なもんだから、情報収集も兼ねて、な。ハダス以外の村には、まあ、若い連中を依頼の形で派遣してある」

「そういうことね。だけど、ハダスはねえ……街道近くに野盗の野営地があるから、定期便からなにから、うちら幹部が仕切っているじゃない」

「だけど、あいにく、今時分は忙しくて誰も手が離せない。もちろん、俺もだ」

「冬が明けるこの季節は、どうしたって私らの仕事が集中するものねぇ」

 

 休みたいわあと愚痴をこぼす仲間は、顔をあげて、最初に首を傾げた問題を問い直す。


「それで? 空いている手は無いわけだけど、お手紙はどうするの?」

「おう。ちょうどいい奴がいるんだ、これが」

「探索者に任せるの? ああ、もしかしてさっきの話の?」

「おう。報告書には書いてなかったがな、縞背猪を仕留めたのは実のところ白カードの新人でな」

「え?」

「加えて『割れ爪』をどうにかしたのも、その新人らしいぞ」

「凄いわね……どんな坊やなのかしら」

「はっはっは。確かに坊やだがな、年のころは二十七ほどだ」

「二十七歳の新人? なにそれ……ちょっと待って? 坊やって?」


 心当たりにぶつかったのか、眠たげな彼女のまぶたが見開かれた。

 前のめりに姿勢を正す姿へ、ダンクルフはこの上なく愉快そうに肩を揺らす。


「おう、お前さんのお気に入りだったユウ坊だ。笑ったぜ? あの『指飛ばし』が白カードぶら下げて、毎日のようにガンちゃんから説教喰らっているんだ」

「ちょっと、なにそれ! なんでもっと早く教えてくれなかったのよ! なに? カウンターで張ってれば、説教シーンが拝見できるわけ? やだもう、みんなを集めて、お酒吞みながら見学しましょ?」

「はっはっは。それやったら、俺らが雁首揃えてガンちゃんさんに正座させられるぞ」

「あらまあ、特等席じゃない?」


 同僚のテンションの上げっぷりに、面白おかしく思いながら、ダンクルフが指を立てる。


「ま、あいつなら適任なわけよ」

「そうねえ。実力はもちろん。幹部みたいなものだしね」


 おう、と満足げに頷いて、背後の大窓を振り仰ぐ。

 日は夕に傾いており、差し込む光は強い。

 けれども、目も細めず、睨み返すと、


「あいつなら、野盗どもをどうにかできるかもしれん」

「……そうねえ『明確なギルド幹部』じゃないことが、鬼手になるなら」

「十年前に収めたクソみたいな戦争の、その傷痕だ。うまくいってくれることを望むばかりだな」


 机上の書面にサインを走らせる。

 表題に『ハダス村への配送』と『昇格審査』を掲げた、指名依頼書へと。


      ※


「ハダス村に?」


 一日の仕事を終えてギルドに帰ったユーイに見舞われたのは、ガンジェから突き付けられた一枚の依頼書であった。


 依頼主は、探索者ギルド名義。

 加えて、ユーイを名指しにした案件であり、ついでとばかりに昇格審査を兼ねて。

 当然、横に並ぶ二人の少女は色めき立ち、


「この昇格て、特に注意書きないから、徒党の私たちもよね⁉ 依頼主はギルドだから、報酬も間違いないし!」

「すごぉい、おじさま。これはもう、昇格内定じゃあないですぅか」

「え? おっさん、もう昇格審査なのか?」

「しかも手紙を届けるだけの簡単なお仕事らしいぞ!」

「なんでぇ! 合格同然じゃねぇか! 前祝いだ、呑むぞ呑むぞ!」


 徒党員ではない、外野たちもやんややんやの大盛り上がりとなった。主に、以前に助力した少年少女らが中心に。


「ええ、言う通り単純なお仕事です! 野盗に気をつければ危険のない依頼ですが、いいですか! 先方に失礼がないように、探索者としての品格に傷をつけるような真似をしないよう……!」


 ガンジェが厳しい面持ちで指を立てているが、ユーイは眉をしかめて書面とにらめっこするばかり。

 浮かれる周りと温度差を大きくしながら、おずおずと、不明点を確かめる。


「審査、ってことは監督員が同行するんだろう? 入所試験もそうだったしな。いったい、誰がつくんだい」


 ああそうか、とアイとレヴィルが小躍りを止めて、好奇心の目を向けなおす。

 近いとは言えない道程だ。出来る事なら気心の知れた人であれば、という色合い。

 応えるガンジェが、制服の胸に手を当てる。


「私です。私、ガンジェ・バイが監督員として同行いたします!」

「ほんと⁉ ガンさんなら、気が楽ね!」

「いやあ、気を遣わなくてすみますぅね」


 少女たちは安堵をして、喜色を強める。

 だけども、ユーイの眉間は暗雲に刻まれ、晴れることはなく。

 道行の深刻さを、懸念で見通すかのように。

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