9:折れ、曲がり、そうだとしても
「オジサン! 一回はギルドに戻ったのに、結局合流できないってどういうことよ!」
「おじさぁま? お話だと、お昼からお酒を召し上がっていたとぉか……ご一報あれば駆けつけましたのぉに」
翌朝、混みあうギルド門前。
少女二人は、昨日無断でサボタージュしたおっさんを、壁際に追い込んでいた。
朝のラッシュでつめかける探索者たちは、けれども輪を作るように取り巻いてちらちらと盗み見るばかり。
まあ、原因は、昨日に憲兵に引っ張られた目立つ新人のせいだろう。関わってとばっちりを受けるのも嫌で、だけど興味はあるからちらちらと。
依頼張り出しの掲示板に急ぐ朝の光景を歪にしながら、ユーイはどこ吹く風であごをしごく。
「そんなおっかない顔するなよう。どうせ、緋色猪仕留めて、早めにあがったんだろう?」
「そういう話じゃないの! 私たちは徒党なの! チームなの!」
「そうですぅよ。あなたの一杯は私の一杯、勝手に始めるのは許せまぁせ……あれ? アイちゃん、どうしましぃた? どうして、ちょっと強くこっちを押すんでぇす?」
詰める内容の様相がおかしい聖職者を前線から押しやると、アイは不満げに腕を組み直す。
「何かあった時に所在が不明は怖いわ。昨日だって、平野に縞背猪が迷い出てきたとか聞いたし」
「偶然『先駆ける足』の幹部がいて、大事には至らなかったらしいですけぇど」
「だからね、ちゃんと所在を伝えるように!」
「わかった。嬢ちゃんの言いたいことは、よぉくわかったよ」
ちょっとずつ距離を詰めてくる全身鎧の圧力は、ユーイに深い経験であっても恐怖だ。なんか、このままゆっくり押し込まれてアバラぐらい圧し折ってきそうだから。
こちらの降参の言葉に、少女は満足げによし、と頷くと、にっこりと笑う。
「それで、昨日はどうしていたの?」
笑って問われるのは、なんとも答え難いものであった。
※
縞背猪を撃退したその後。
精神的転倒から立ち直った『先駆ける足』リーダーを中心に獲物を解体運搬し、一心地ついたのは街へ向かうその道程であった。
「若いのに限らず、所属の連中にはどんどん独立して欲しいんだ……」
幹部の一人が楽し気に、新人らと力を合わせて猪を引く姿を眺めなら、レンフルフはそう呟き吐き出した。
「俺みたいなポンコツが街最大の徒党でリーダーなんてやってるのが、この徒党の限界なんだ……基礎を叩き込んだら、とっとと出ていってもらって、自分のために得物を振るうべきなんだ、誰だって」
「ははん、だから横柄な態度で新人たちを威嚇していたわけかい」
「……ついでに、幹部連中の不平不満を煽って、あわよくば引退なんて考えてたよ」
ぼんやりとした眼差しで口を動かす彼には、すでに取り繕っていた険はない。
穏やか、とは違うが毒が抜けきった色である。
並び、頬を夜風の冷たさに洗いながらユーイは、に、と笑う。
「態度を悪くすりゃあ、自然と自分の役割も終えられるってぇか。甘かったなあ」
「デカくなり過ぎたんだ。誰も彼も、俺以外は崩すに惜しくなるほど、積み上げちまった。で、ちょうどいい神輿もあって、降ろしたら面倒だから乗せたままでさ」
「なんだい、卑下するねえ」
己自身に悪態をつく若者の沈む顔が、なんだか未熟で青々とした、若い故の苦悩を映すようで面映ゆい。
「そっちの嬢ちゃんの顔を見りゃあ、お前さんが思うほど、お前さんの価値は軽くはないんじゃないか?」
「え、え? 私、ですか? いやまあ、そりゃあ辞められたりしたら、それこそウチは空中分解ですし……」
「な? 軽かろうが腐ってようが、神輿にしておく以上は、担ぐ労力以上の価値があるってことだろうに」
レンフルフと幼馴染という、副リーダーと名乗る彼女は、身内を持ち上げる照れに歯切れを悪くしながらも、ええまあ、と強い肯定を見せた。
こちらを『指飛ばし』と知っているようで、最初から物腰に緊張を蓄えていた彼女は、消沈するリーダーの様子を心配げに窺う。
信頼と望みの証だな、と。
そんな若者二人の様子を面白がるように眺めていると、男の方が、ゆっくりと顔を上げる。
「ユーイさん……頼みがある」
真剣で、けれど眼差しの光が鈍い。
壮年は、見覚えのある色合いだったから、何事かと顎をしごけば、
「うちの代表になってくれないか?」
「え、ちょっと、レン! なにを……!」
なるほど『不本意な覚悟』の色か、と疑問が解けた。
上の空なユーイに、レンフルフは言葉を続ける。
「あんたなら、ギルド幹部たちとの繋がりも十分だ。実力も、足がダメな俺なんかより、十全に徒党を引っ張れる。なんなら、ギルド再稼働前からの探索者だ。街の貴族連中とも直接遣り取りしていて、コネクションがあるだろ? でなけりゃあ『指飛ばし』なんて呼ばれてないはずだ」
「へっへっへ、先方が覚えていりゃあなあ」
いかにリーダーとして適任かを説かれ、まあ確かにその通りだと、頷きを見せる。
けれども、
「ダメなもんはダメだ」
答えは無下な一言。
食い下がらんと前のめりになる若者を制して、説き返した。
「探索者てのは、生還して億万長者になろうが森の肥しになろうが、何もかも自己責任なんだよ」
いいか、と笑って、
「どこで線引きをして、進むか引くか。一攫千金の獲物を前に、己の力量と状況を見返して、矢をつがえるも踵を返すも、全て自分で決めて自分の責任として背に負うんだよ」
ひよっこだろうが玄人だろうが一緒なのだ、と。
「背負ったんだろ? あのひよっこどもを。ギルドの素人どもを拾い上げることを。なら、結論を他人に預けるのはルール違反さあ。進むも引くも、お前さんがちゃんと決めんと」
「俺で……大丈夫かな」
「へっへ、それを確かめるのも自己責任さ。けどまあ、見ろよ」
猪を引いて先行く子供らを指さす。
「言ったろ? お前さんは『立派に出来ている』さ」
その中に混じる、昼に彼が怒鳴りつけていた一団が、成果に喜び、明日の道行を語って笑っている。
レンフルフはその光景を見るに、それ以上の言葉を無くして口元を小さく結んで見せた。
彼の眼差しが色を変え、ユーイは満足に息をつく。
「帰ったら一杯奢ってやるよ。昼の分は口をつけずじまいだったからな」
※
こういうわけで、なんとも答えにくいのである。
なんせ、最大徒党の浮沈に関わる話であるし、縞背猪を仕留めたのは彼ら『先駆ける足』の幹部ということになっているため。
自分がどうこうした、と知れれば確実に『ガンちゃんさん』に絞められることになり、それはちょっと怖いので勘弁願いたいところ。
なので、
「お前さんたちが見つからんで、そのまま呑んでいたよ」
「……オジサンさあ……集団行動とかしたことないでしょ?」
「ほんとう、どうしてこう自由なんでぇす? 一人でゴクゴクとか神様が許しても私がゆる……なんでぇす? アイちゃん、どうしてすごく強く押すんでぇす?」
若い同僚たちに好き勝手言われる始末である。
と、人波の中に、こちらを見つめる姿が。
レンフルフ・バゾファム。相変わらず、剣を下げただけで武装はしていない探索者らしくない格好で、こちらの様子を眺めていた。
目が合えば、照れたように頭を下げ、そそくさと、杖をついて隣の酒場の看板を潜ってい
ってしまった。
「おじさま? どうしましたぁか?」
「直営酒場の看板なんかまじまじ見て……」
問われ、しかし答え難いものだから、
「なに。今日も酒盛りでいいんじゃないか、なんてな」
「オジサン! あーもう、とっとと行くわよ!」
手甲のついた指で胸倉を掴まれ、引きずられてしまうのだった。
まあこうなったのも自己責任ではあるなあ、アイツにはちょっと言い過ぎたかなあ、なんてげんなりと苦笑いを浮かべることになってしまいながら。
第二章 了
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