5:その折れ口の無残な形

「信じられない! どうして、こんな昼日中からお酒臭いんですか⁉」


 すきっ腹をこらえてギルドに戻ったユーイは、カウンター向こうのガンジェに大説教を喰らわされた。

 まあ、九割がた彼女の言い分が正しい。

 けれど、残り一部のために、男は弁明に舌を回し、


「衛兵のおっさんと意気投合して、一杯奢ってやったんだよ」

「な……! 賄賂で懐柔とか、それこそ恥ずべき行いじゃないですか!」

「あー……そうなっちまうのか、めんどくせえ……」


 正論のフルスイングでカウンターをぶち込まれ、まいった、と頬を掻く。その衛兵、実は彼女たちのボスであることは、正体を隠していた彼の思惑を考えれば晒せない。

 だいたい、ブチ切れているガンちゃんさんが聞く耳を持つとは思えないし。

 時刻は昼を回り、ギルドホール内は閑散としている。手の空いた職員たちが、


「またあのオジサンよ……」

「ガンちゃん、かわいそうに……」

「血管切れそうになっちゃって……」


 などと遠巻きに囁き合っているが、助け舟も出さないのはきっとガンちゃんさんの勢いに慄いているためだろう。


「まったく……何をしたのかわかりませんが、前代未聞ですからね⁉ 憲兵がホールに乗り込んで、ギルド員を連れていくなんて! 反省したら、品行に気を遣うよう……!」


 とうとう椅子から立ち上がった受付職員に、こりゃあ長くなりそうだな、と年齢による経験値を発揮して肩を落としてしまう。

 ところが、そんな大声量の説教を、


「ごちゃごちゃうるせえな!」


 響く怒号が、かき消してしまったのだった。


      ※


 荒く攻撃的な罵声はホール脇の廊下からだった。

 臭いや喧騒を防ぐための扉の先は、


「なんだ? 隣の直営酒場からか?」

「あ、ユウィルトさん! ダメです!」


 壮年の言う通り、ギルドで運営する酒場への直通路である。好奇心に押された彼が、駆け寄りドアを小さく開いて覗き込む。

 途端に、喧騒が流れ込んできて、


「これで精一杯なんです……!」

「ノルマ分で持っていかれから、俺たち……!」

「文句あるなら徒党から出て行きゃあいいだろ! そうすりゃあノルマも何もねぇんだからよ! 熊の餌になろうが、誰も助けてなんぞくれなくなるがな!」


 一際大きいのが、舌遣いに酔いが混じる怒鳴り声だった。

 カウンターから飛び出したガンジェが、扉を閉めるように力を込め、


「他の徒党の運営に口を出すのは、好ましくないですよ」

「新人どころか、子供をいびっているのが運営ねえ」


 けれど、男の膂力が状況の遮断を許さない。


 再稼働から十年を迎えようとする探索者ギルドは、その形態を次第に効率化していった。

 ギルドそのものもだし、そこに所属するギルド員たちの構造も、だ。


「互助であった徒党が、安全と確実のためにメンバーを増やし、巨大化しているんです」


 仲間が増えれば、怪我や病気の離脱の際に替えが効くし、離脱する側も生活の保障をしてもらえるのだ。

 けれども、それは加入者を『探索者』ではなく『労働者』として扱うことに繋がり、集めた富の分配権を握るということ。


「ノルマは必要だろうが、出来る奴も出来ない奴も同じノルマじゃ、まあ歪むわな」

「ええ……ですけど、ギルドからは徒党に勧告が精一杯で……」

「探索者の独立性か。そこを守らなきゃ、俺たちはギルドの抱える『私兵』になっちまうからな」


 ええ、と苦い顔で頷くガンジェにとって、この問題は大きなものであった。

 右も左もわからない新人、それも子供を野に放って無事帰還する確率など想像したくもない。だからこそ巨大徒党に庇護されることは歓迎するが、結果として、教導もなくただ依頼をこなさせるだけ、という事態になってしまう。


「副リーダーたちはまだ戻らないんですか?」

「ああ? なんでお前らに教えなきゃなんねぇんだ。それより、こんなとこで油売っていていいのか? とっとと平野に出て、薬草なりキノコなり集めないと、日が暮れちまうぞ」


 目を細めるユーイの視線の先。

 足を投げ出して椅子に腰かける細身の男は、ジョッキを片手に、面倒くさげに三人ばかりの子供らを追い散らすように手を振っていた。

 くたびれた革製の部分鎧を身に着け、腰にナイフを提げる少年たちは、悔しそうに俯き、通りに面した扉を押し開け出ていく。


 そんな後ろ姿を睨むように見送った男は、これ見よがしに舌打ちをつくと、ジョッキの追加要請をカウンターに投げやる。

 そんな首元に踊るのは、赤く塗られたカードで、ラインは二本。


「レンフルフ・バゾファンムさん。一握りしかいない最高位、上級上位の探索者であり、最大徒党『先駆ける足』の代表なんです」

「そんな立派な男がどうして悪徳商家みたいな真似をしとるんだ」

「かつては自身の腕っぷしと異様なくらいの求心力で、領主さまから勲章をいただくほどの方だったと聞きます」

「ほお。見た感、二十そこそこだろ。そんな若造の庶民が勲章とは、法外だな」


 ガンジェがギルドに就職した折にはすでに現在の有様であったが、かつて『疾走のレンフルフ』といえば、囃子歌が作られるほどの人気と認知度があった。


「詳しくは知らないのですけど、なんでも足に怪我をして再起不能。以降は、徒党運営に回ったらしいのですが、あんな様子で……ユーイさん?」


 断片的な事情の説明に、壮年は眉をしかめている。

 はて、面白くない、とで言うつもりなのか。ならば共感のできるところであるし、問題を共有できるのなら解決の助力をもらえるかもしれない。

 期待し、厳めしい横顔を見つめれば、


「なあガンさん」

「は、はい!」


 思い耽るよう唇がゆっくりと動き出し、


「なんでアイツには何も言わないのに、俺は大説教を喰らったんだ? おんなじ昼酒じゃねぇか?」


 世にはびこる如何ともしがたい不公平を、切実に訴えるのだった。

 とりあえず、彼の名を懲罰リストに書き加えることを心に決めて、ガンジェは覗き見を終えるのだった。


      ※


 夢なのだと、レンフルフ・バゾファンムは自覚している。


 巨大な牙獣の群れが、故郷を蹂躙していく光景も。

 そんな害獣らを、残らず屠っていく彼らの雄姿も。

 落ち着いてすぐ振る舞われた獣の焼ける油の味も。

 彼らの背を追って、探索者になったあの夜の盃も。

 彼らに憧れて、徒党の名前を少し拝借したことも。

 一人また一人仲間が増え、大所帯になったことも。


 そして。


 誰かの故郷を、巨大な牙獣の群れが蹂躙していく光景も。

 かつてのあの人達のように、残らず屠らんとしたことも。

 けれども、ああ、けれども。

 やつらの牙が、自慢の足をズタズタに引き裂いたことも。


 全て、春の陽が誘う午睡の、夢であることをレンフルフはわかっているのだ。

 なにせ、毎日のように見せつけられるのだから。

 たいがいな悪夢であるが、如何せん慣れてしまった。

 身じろぎもせず、霞む目をこすれば、背を伸ばす。

 場所は、変わりもしない酒場の、ここ何年かで築き上げた特等席だ。

 重い頭を揺すって、残っていたはずのジョッキを探れば、


「おごりだ。お近づきの印に、な」


 見慣れぬ壮年が、なみなみに満ちたジョッキを差し出していた。


      ※


「白カード? なんだおっさん、ウチの徒党に入りたいってのか?」


 眠りから覚めた第一声は、警戒を見せるものだった。

 ユーイは顔には出さず、けれど感心をする。前線を離れて時間が経っているだろに、それどころか酒が入って呑気に昼寝をしていたとは思えない声音だ。

 かつての『貯え』は、まだまだ十分に残高を残しているようだ。


「ホールまで聞こえていたぞ? 興味が湧いてな」

「ふん……」


 鼻を鳴らしてジョッキを受け取ると、一口。

 酔いに濁る瞳を、きょろりきょろりとこちらの風体に注ぎ込めば、


「悪いが、他をあたれ。ウチは老い先短いおっさん新人なんざ御免なんだよ」


 ぴしゃりと、これ以上の話はないと強く断ち切りにかかってきた。


「おいおい、ひでぇ言い様じゃないか」

「面倒を見る費用を、取り戻せるだけ稼げるか? 引退までによ」

「冷たいねえ」

「それに、世間知の少ないガキどものほうが『旨い』しな。ナイフ一本の相場も知らないなんざ、毟り放題だよ」

「はあん……それで若い新人ばかり集めてんのか」

「……文句あるのか」

「いやいや。赤カードにケンカ売るほど、世の中舐めちゃあいないさ」


 最大限に謙遜してみたが、睨むような視線はそのままなので失敗してしまったようだ。

 レンフルフは、くそ、と毒づくと呑みかけのジョッキをテーブルに叩きつけ、立ち上がる。

 重心が大きく左に偏っており、足が悪い事は明白だ。

 立てかけてあった杖を手に取ると、酒場の入り口へ。


「おいおい、どこ行くんだ?」

「店を変えるんだよ。汚ぇツラが目の前に陣取っていたんじゃ、タダ酒でも不味くならぁ」


 言い捨て、背中は昼の陽が眩しい店外へ。

 ユーイはふむ、と彼の言動を思い起こすと、自身もまた、彼を追って店外へ向かう。

 途中、店員から支払いを求められて、大きく出遅れてしまったが。

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