4:旧友であり、そして

「終戦だって聞かされた時に、ようやく現実を目の当たりにしたわけだ、ダン」

「そうさ、うすら寒い現実だ。教会が主導する『正義の為』に武器を手に取って故郷を後にしたのは、いったい何者なのか」


 ジョッキは数杯を重ねて、しかし男二人は再開を祝うでもなく、陰鬱に思い出を語り合う。


「普通に考えりゃ、土地を持ち、継承権を持つ長男とスペアの次男は手放さないわな。農家も商家も貴族だってそうさ」

「つまるところ。つまるところだぞ? 戦火に集ったのは家路を戻れない食い詰め者ばかり。じゃあ、戦争が、食い扶持が無くなったら?」

「どんなご立派な大聖戦だろうが変わりはしないぜ? はぐれ者で身を寄せ合い、自慢の腕っぷしで野盗に成りあがって、かつての故郷に火を放ち、最後は討伐隊の剣のサビさ」

「そんな縛り首の予備軍が、ごまんといたわけよ」

「領主サマは、教会と王様のどっちの犬になるかで頭がいっぱいだったな。市井の些事にまで気は回らんかったろうなあ」

「そこに、ユーイ。お前が『探索者ギルド』を見つけてきたわけだ」


 探索者ギルドには、長い歴史がある。

 それほどに人類の生存圏拡大と、森から得られる恩恵は大きかったのだ。

 であるが、戦火の中でその役割は有名無実と化し、探索者たちは組合に頼らず『己が腕のみ』で自らの行く先を切り開いていた。


「とにかく、推定無職の連中が道を踏み外さんように、デカくて、戦争に似通った受け皿として、ギルドはうってつけでな」

「いま思い出しても頭が痛くなるぜ。何日も寝ずに、ギルドの体制造りに駆り出されて」

「お前の姉さんが病気で倒れてなきゃ、あっさり済んだんだろうがな」

「自慢の姉だったよ」


 ダンクルフは瞳に濁りを混ぜ、頬を少し落とす。

 ユーイもまた、思い出に陰りが差すのを自覚するから、コインを差し出し、グラスと交換する。


「彼女が死んで『爪先』が十に減ったと思いきや、明日から本格稼働ってタイミングでお前も失踪しやがって。いまや『九の爪先』だ」

「へぇ、脱落は無しかい」

「誰も彼も事務仕事に忙殺されているからな、まったく……一番若かったお前に現場を任せるつもりだったのによ」

「へっへっへ。誰がそんな面倒くさい首輪を欲しがるかってんだ」

「回り回って、初級の首輪をつけられたのは笑い話でいいのか? おお?」

「アンタの顔みりゃあわかるじゃねぇか。ニヤニヤしやがって」


 肩を落としてこの身の不幸を嘆くと、まあそれも面白いと笑い返して。


      ※


 間もなく昼となり、酒場に誘った年長は勝手なことに、次の仕事があるからと切り上げる姿勢に。


「商工会のお偉いさんたちが、獲物の卸に嘴を突っ込みたがっていてなあ」

「は。やっぱり逃げ出して正解だったわ。最後の一杯は俺が持つぜ?」

「まじかよ。そろそろ、着替えないとヤバい時間なんだがなあ。お前がそう言うならなあ」


 などと腰を据え直す姿に懐かしく笑い、コインを二枚滑らせた。

 やがて、ささやかな酒宴の終わりが届けられる。


「魔王領はどんな感じだい? 落ち着いている?」

「まあなあ。こっちと同じで跳ねっ返りはいるがな」

「なるほどなあ。戻らなくていいのか?」

「急ぐほど逼迫もしていないよう。墓参りが許されるくらいだ。緊急事態ならともかく、わざわざ国境破りをしてお尋ね者も面白くないしな」

「勘弁してくれ。ギルドの身内に賞金がかかるとか、風聞がさあ」

「わかっているよう。だから十年前は、その辺りが整備される直前で逃げ出したんだ」

「一つ間違ったら、停戦がパーになるところだったんだぞ?」

「悪かったよ。だから、こうして罰を受けているだろ? 一人で森にも入れないんだぜ?」


 胸で躍る、白色のカードを愉快気に掲げて見せる。

 かつての兄貴分は、面白がるように懐かしがるように笑みをこぼして、泡を口に。


「こっちはどうなんだ、ダン? 開拓の進捗はよう」

「順調、とは言い難いなあ。贔屓目に見ても、停滞気味だ」


 ギルド長の評では、生活を立てることが目標の者ばかりになっているとのこと。


「そうだな、開拓集落に脅威が迫ったとするだろ。例えば……」

「伝説に謳われる強靭巨魁、火を噴き空を往くドラゴン、だろ?」

「そう。そのドラゴンが村に迫った時に、体を張れる人間なんかいやしない。日銭を稼ぎ、自分の目の前を『拓く』ので精一杯さ」


 悪い、とは言えないし、そういう側面が受け皿としての深みとなっているのも事実だがなあ、と苦い顔を見せる。

 盃を空にしたせいなのか、現状への心持ちのせいなのか。

 彼の軽薄な人柄を知るユーイには前者であろうと思えてならないのだが、その辺りはギルド長という肩書に傷をつけるまい、と口をつぐむ。


 酔いを思わせないしっかりとした足で腰を上げると、ああ、と一つ手を打ち、眉をあげて見せた。

 なんだ? と向き直って、グラスの残りを傾けて、先を促す。


「停滞の理由はもう一つあってなあ」

「へえ?」

「数年前にな、有望株の探索者が怪我をしてなあ。デカい徒党のリーダーなんだが、活動の縮小は免れんかった」

「先駆者の失敗とは、またセンセーショナルだな。探索者たちの保守思想を強まるのも仕方ないか」


 そういうこと、と寂し気に笑い、ドアを押し開けて仕事へと戻っていく姿を見送る。

 大きな背へ満ちる物寂しさにユーイは眉間を曇らせてしまうが、エールの苦みのせいだと誤魔化すために、大きくあおるのだった。

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