3:謳うのは夢であり、叶うべくは意を通すことであるけども
造りの堅い大門をくぐれば、そこは人の雲海であった。
大きなスペースを用意して、けれども足りぬほどの列という列が、ユーイを出迎える。
これが、全て『探索者ギルド員』であるのか。それだけでも圧巻であるのだが、この行列はいったい?
何事なのかと背を伸ばして先を見やれば、
「ぼうっとしてるなよ、前を詰めろ!」
「なんだ! なに止まってんだ!」
「邪魔なんだよ!」
よくよく観察する暇もなく、罵声と人波に背を押され、列の一つに組み込まれてしまう。
参ったな、と顎をしごくが後の祭り。ぎゅうぎゅうなロビーは慣例的な進行方向があるらしく、身動きが取れなくなってしまい、完走するしか他にない状況に追い込まれてしまっていた。
熱気あふれるが、整然とゆるゆると進む人の列。その向こうに見えたのは、長カウンターであった。
向こうで慌ただしく業務に励むのは五名ほど。それぞれ、並ぶ探索者たちから何やら紙切れとギルド員章らしきカードを受け取り、印を押し、また返す、という作業を繰り返している。
ギルド員章はともかく、あの紙はなんだろうか。
「なあ、若いの」
わからないことは先達に聞くに限る。歳を重ねて得た、処世術である。
声を掛けられた槍を背負う青年が怪訝そうに振り返るから、素直に問いかけた。
「え、依頼書でしょ……ああ、新人さんか」
「ほう? どうしてわかるんだね」
「いや、だってギルド員章も持ってないじゃない。登録なら、もう少し後で、人の少ない時間に来ればよかったのに」
「それが人の波に巻き込まれちまってなあ」
肩をすくめて見せれば、それは災難、と笑って答えてくれる。
当然であるが、海千山千の探索者の中も、荒くれ者ばかりではなかったようだ。
「見なよ、あっちにデカい張り出し板があるだろ。あそこに『アレが欲しい』『コレを届けて欲しい』『ソレを手伝って欲しい』と、ギルドに舞い込んだ厄介ごとが張り出されるわけだ」
「ははん……それを持って並んで、請負証明の印可を貰っているわけだ」
「へえ、学があるんだねえ、難しい言葉を知っている」
「しかし、面倒な。昔は、探索者と依頼者と、直接遣り取りしたもんだがなあ」
「ああ、アンタくらいの年代で田舎村に顔を出すのは、そういう探索者がほとんどだったろうね。一対一だから表沙汰にならなかったトラブルが、ギルドって形で集積されるもんだから表面化したんだと」
例えば、探索者側の不履行と未報告。
例えば、依頼者側の報酬未払い。
例えば、バッティングによるトラブル。
「依頼と同時に報酬はギルドが受け取る」
「受注者を確定させて、履行後に依頼書を根拠に支払いか」
「そ。登録で身元が割れているから不履行ならペナルティの上、依頼は別の探索者に……てな具合さ。発足者が考えたんだろうが、良くできたもんだよ」
「なるほど。お若いの、物を良く知っているなあ」
感心を隠さず見せれば、彼ははにかむように笑い、首に下げた純白のカードを見せてくる。
「まだ駆け出しさ。おっさんも、登録したらお仲間だよ」
「いや、俺は人に会いに来ただけで、別に……」
「またまた! 夢を見るに、歳をとっているなんて恥ずかしい事じゃないぜ? でっかいドラゴン倒して一攫千金! 凶悪な魔族を薙ぎ払って当代の英雄! おっさんだって、胸躍るだろ?」
感情の満ち満ちる大言壮語に、ユーイは思わず口元が緩んでしまう。
周囲だって、冷笑が混じりながらも、だいたいが「自分も」という熱を発している。
心地良い活力に押されて、十は年齢が離れてそうな彼に親しみを覚えた。
「はは、ドラゴンとはでっかくでたな、若いの」
「じゃなきゃあ、俺を追い出した家の連中を見返してやれないだろ? あ、順番だ! じゃあな、おっさん! お互い、頑張ろうぜ!」
「いや、だから……おう、頑張れよ」
少しばかり陰を落とされてしまい、最後は彼の背を押す言葉だけとなってしまったのだった。
※
探索者ギルドが発足して九年ばかり。
探索者と呼ばれる大森林の開拓者たちは、それより以前から数を多く存在していた。
繁みに隠れる獣の肉や皮を。
木漏れ日の下に生える、薬となる可憐な花を。
人々に代わって手に入れてくる者たちである。
小さな村であれば、村付きの狩人が担う役割であるが、都市部においては郊外に伝手を持たない人々の手足となっていたのである。
街を森を転々とする彼らは当然として流れ者だ。では、流れ者がどこから生まれるかと言えば、農家工匠貴族関わらず、継承の際に土地と家を手に入れられなかった、三男四男である。
先の彼も言葉の通り、畑を長兄に独占された、もしくは独占せざるを得ないほどの貧しい家に生まれたのだろう。
少しばかりやるせない青みを胸に塗られてしまったユーイは、
「いくら地元での実績があっても、探索者なりたての新人が『ゼンバ深林部』どころか魔王領との『緩衝地帯』なんて最前線に行ける訳がないでしょう!」
端正な面持ちの窓口業務員から、怒りの制裁をお見舞いされてしまっていた。
※
事の発端は、手渡されたギルド員章となる白いカードに対して、
「いや、俺はギルドに入るつもりはないんだ。用のある奴らに会えたらすぐに『ゼンバ』に向かうつもりだしな」
と、返してしまったことであった。
ゼンバ、という地名には二つの意味がある。
探索者の活動域である大森林を指すもの。もう一つが、ぽかんと開いた受付嬢の口が示す、
「ゼンバ……? 魔王領との間にある『ゼンバ地域』のことですか?」
人と魔族の領域を別つ、緩衝地帯の名称である。そもそもが大森林を境にしているために付けられた名称である
それが、ギルド事務員の怒りに火を付けてしまったらしい。
「人に会いたいとか、コネですか⁉ どんなお偉い貴族さまと知り合いか知りませんが、そういうのもダメです! 素人の軽挙妄動は、他の探索者を危険に晒すんです!」
名札に『ガンジェ・バイ』と彫られた制服の女性は、まなじりをキリキリと釣り上げて、カウンターから身を乗り出したかと思ったらギルド員章へ強く指を突き立てる。
参ったな、と顎をしごくと、
「ほら、後ろがつっかえているんです! 向こうで署名を! 読み書きは? よろしい、すぐに、入所試験の担当者を手配しますので!」
くれぐれも勝手に出ていかないように、と釘を刺されるのは、完全にルールを守れない危険人物と目されてしまったためだろう。
人の流れに押されてしまい、それ以上の抗弁は遮られてしまったために、少し離れた丸テーブルにて書面を広げることに相成ってしまった。
しばらく書面の文字に目を落としていれば、徐々に人の波が少なっていく。
さて、では、あのお嬢ちゃんに誤解を伝えねば、と腰を持ち上げたところで、
「ほぉら、もう誰もいないですぅよ……諦めて、まっすぐ森に向かえばよかったのぉに」
「獲物の代金しか出ない『只狩り』なんてゴメンよ! だいたい、レヴィルが忘れ物したとか言うから……まだ依頼が残っているかもしれないんだから!」
何やら聞き覚えのある、騒がしい掛け合いが広いホールに響き渡った。
顔を上げたところで、
「ああ! お二人、ちょうど良いところに!」
「あ、ガンさん! その感じだと、急な依頼があったみたいね!」
「やあ、ラッキーですぅね」
「ギルド入会希望でして……お二人に監督をお願いしたいんですが」
「狩りの傍らでいいのよね? それならオッケーよ! で、どんな若造なのかしら?」
「助かります……あちらの方なんですが」
振り返った二人、白甲冑のアーイント・ゴルドラインとローブ姿のレヴィル・フォンムと目が合うことに。
目を丸くした少女らは、やがて笑みと苦い顔に分かれて、
「あぁら、おじさま? やっぱり探索者登録でしたのぉね?」
「忠告したのに……歳を考えなさいよ」
「署名の方は……まだ⁉ 読み書きは出来るって言ったじゃないですか!」
あ、いや、誤解でな、探索者には……なんて言葉が届くはずもなく。
ユウィルト・ベンジは、重ねた齢の中でいくつかの処世術を学んできた。
今の状況はまさにその中の一つ『群れた女子供に我が通ると思うな』という渦の中にあるのであった。
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