2:事情があって、誤解は解かれず
ギルド巡回員を名乗る制圧者は、二人の少女であった。
騒乱が収まり、それぞれが恐慌から日常に戻っていくざわめきの中。膝をついて両手を挙げたユーイは、人々の横目に込められた好奇心に晒されていた。
「街についた足で、アレに絡まれたってわけね?」
白塗りの騎士甲冑に身を包んだ片割れが睨むように、膝をつくユーイを覗き込んでくる。
若く、さもすれば幼さの残る金髪の少女は、疑う様な、呆れるような半目を、正体の胡乱な流れ者へと投げかけていた。
「それは災難だったわね……とはならないわよ」
「おいおい。俺は見ての通り、完全に哀れな被害者なんだがなあ」
「相手の手に木串を突き刺しておいて、まったく……その、小ばかにしたような半笑いさえなければまだしも、ね」
こちらの罪状を確認するものの、拘束する意図はないようだ。
喧嘩が理由か傷害か理由か、いずれにしろ償いを求められると踏んでいたユーイには意外な展開である。
そんな伺う様な視線に気が付いたのか、少女は息をついてもう一人の加害者へ籠手の指先を示す。
「私たちは、ギルド内における治安担当だからね。ギルド員にしか権限がないのよ。オジサンみたいな流れ者は衛兵の仕事ってわけ」
彼女の相棒であるもう一人の少女が、やはり膝をついて何やら訴えているギルド員と相対していた。
丈の長いローブの上から、ベルトを取り付けたサスペンダーを縛り付けてある。翻りを抑え、収納を増やす機能的な服装であるが、自然とボディラインが露わになってしまって、
「なあ、お嬢ちゃん」
「なに?」
「今からでも、あっちの嬢ちゃんと代わって貰えないか?」
「……どうしても、こっちの仕事を増やしたくて仕方がないようね」
罪状が、もう一つ増えてしまうのだった。
※
絡んできた探索者ギルドの男は、結局ユーイより先に解放されることになった。
裁決者が、現場にいるためである。
「アイちゃぁん、罰金と賞罰リスト記入で終わらせましたぁよ?」
「ありがと、レヴィル。残るはこっちだけね」
「こっちのおじさまは、ギルド員じゃあなかったんでぇす? それじゃあ衛兵さん待ちですかぁ?」
小走りで『いろいろ』揺さぶりながら駆け寄る姿を見れば、どうして最初から彼女がこっちにこなかったのか、神はいないのか……と沈み込んでしまう。
けどまあ、運命に従うことも、歳を重ねて覚えた処世術であり、
「で、衛兵さんはいつ来るんだい? それまでお嬢さん方を下から眺めていていいのかい」
「あぁら? ふふ、お好きなとこからどうぞぉ?」
「……なあ、アイちゃんさん、ちょっとこの子……」
下卑た冗談に真正面から乗り込まれてしまっては、ちょっと処世術だけでは事足りない。
夜の酒場で盛り上がる最中ならまだしも、お日様が最も高い時間でもあるし。
困惑する壮年に、アイちゃんと呼ばれた少女が、呆れたように肩を落とした。
「こら、レヴィル! オジサンも、もう立ちなさい」
「いいのか? 衛兵がくるまで制圧しておかなくて」
「まあ、いま来ないのなぁら、多分もうダメですかぁら」
「衛兵も、城外のケンカまで手を出したくないのよ。見て見ぬ振りができないほど近かったら、仕方なしに駆けつけるでしょうけど」
そんな暗黙のルールなのだと、権限の重なるであろうギルド巡回員たちは肩をすくめるのだった。
※
探索者ギルドは、稼働を始めて九年目の組織だ。
すぐ目の前で人類の生存圏を脅かす、大森林に対抗するために動き出した組織である。
踏破し、切り拓き、人の領域を押し広げる者たち。
同時、森で目を光らせ牙を研ぐ野獣魔獣を切り払う、狩猟者でもある。
そんな一次生産者たちの安全を守り、事業を組織化し、権益を庇護し、管理する目的で建てられたものだ。
「だけど、体を張って命を賭けて、このペイルアンサを発展させているっていう自負があるせいか、まあ気性が荒いのよ」
「交代制で、お駄賃貰って、巡回員をやっているんですぅよ」
「稼ぎは現場に出る半分くらいだけどね。安全だから、こっちがメインの連中もいるわ」
私たちは今日の午前中だけだと、アイちゃんこと、アーイント・ゴルドラインと、レヴィル・フォンムが、非正規労働の内容を説明してくれていた。
三人が並んで歩くのは、城門へ向かう目抜き通りから、脇道に入った小路。ユーイが、二人に案内を願った道すがらだ。
やはり人足の絶えず、密度が濃いぶんだけ、雑踏は耳にうるさいほどである。
誰も身なりは軽武装を施し、目元はぬらぬらと緊張に漲る。
ユーイには、彼らの職に心当たりが。さきに、指を串刺しにした男と同じなのだ。
「いわば探索者横丁、ってところか?」
「えぇえ。宿やら共同住宅やら、あとは表の通りよりも『物騒な品物』を取り扱うお店やら、私たちに関係するお店が集まっているんですぅよ」
「これから午後の一仕事、ってな時間だからね。もう少ししたら誰もいなくなって、驚いちゃうわよ? ほら見えてきた」
アーイントが指さす先から、探索者たちが濁流のように流れ出てきている。
背を伸ばして出元を確かめれば、石造りである大きな建物が、やはり大きな門を開け放って、人波を呑み込んでは放ち出していた。
「あれが、我らが探索者たちの根城であり、拠点」
「おじさま御所望の、探索者ギルドですぅよ」
ほう、とユーイは息を呑みこむ。
「オジサンの田舎には、こんな大きな建物なかったでしょ?」
「アイちゃぁん、失礼ですよぉ」
「はは、確かに、故郷じゃ村長の家だって、この半分もなかったなあ」
冗談めかす少女らに、参った、と肩をすくめてみせる。
「じゃ、案内はここまでね。緋色猪をご馳走になった分よ」
「いや、助かったよ。なんせ、さすがに追加で九本は一人じゃ多すぎた」
「うふふ、ごちそうさまでしぃた。さ、アイちゃん。急がないと、依頼が無くなって『只狩り』になっちゃいますぅよ」
「ってことで急ぐから、私たち。オジサン、ギルドになんの用事か知らないけれどさ、くれぐれも……」
少女はこちらの革鎧と背の弓を一瞥すると、
「とうが立った田舎の狩人が一攫千金なんて、甘い夢は見ない方がいいわよ?」
これは忠告だから、と屈託なく笑って、金属鎧の重さを感じさせない軽やかさで駆けていってしまった。
残された壮年は、彼女らの言葉に「ふむ」と、苦笑を零すしかない。
きっと、年甲斐もなく探索者になるために訪れた、と彼女たちは思っているのだろう。
まさしく誤解であるが、
「ま、解けることもあるまいて」
まして、行きずりの勘違いを解くつもりもないのだから。
気を取り直したユーイは、笑みを軽いものに作り直して、人の波の中を正門へ目指す。
この時はまだ、思ってもいなかったのだ。
あの悪意無く失礼を振りまいた少女らと再会することも、わりかしと長い付き合いになることすらも。
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