第10話 探検章2…【初戦闘】


 ゼブラから案内されて声のする方を見ると、2人の男の子が1人の女の子・・・を囲み、何かを奪って、虐めている最中のようだった。


「いいから、早く返してよっ!

 そのがないと薬草やくそうみに行けないじゃないっ!」


「ふんっ!

 なら、取り返してみろよ!!

 女の力で奪えるもんならな!」


「何の力もない女が、男に勝てるわけ無いんだよ!

 武器も持ってない奴に、負ける気なんて全然しないぜっ!」



『…………………。』



 子供の喧嘩に大人は手出ししない。

 大体の世間の一般的常識らしい…。


 なかには、親の方から突っ込んで行く、モンスターペアレントなるものまでいるらしいが、それは例外として。


 俺は元男性であり今は…、女であり子供だ。

 …だが、男心を忘れたつもりは一度としてない。

 それだけは、ゆずれないし見逃せない。


 さっき、そこの女の子を虐めてる男の子2人が気になる発言をした…。



だからできない。』

『そのがないとイけない。』

武器も持ってない奴に、負ける気がしない。』



 俺の、頭の中にある糸が『ピン』と張り詰めている状態になった。


 俺はゆっくりと歩きだし、苛めている男の子の背後から、2人の肩に手を乗せて、震える声で言葉を口にする。


「ね…、ねぇ、君たち…

 今の言葉…、

 俺に言ったんじゃないよな…?」


「はっ…?

 誰だよお前?」


「…なんだよ、こいつも女じゃん!

 弱いのにでしゃばってくんじゃねぇよ!

 お前のふくろも取ってやろうか?」


「あっ…」


 最後の一言が決め手だった。

 糸が切れたのが初めて自分でもわかった。

 喧嘩と言う喧嘩を避けてきた自分にとって、子供という情緒じょうちょ不安定ふあんてい一面いちめんも、影響えいきょうを与あたえたのかもしれない。


 俺の人生で初めて、ゆずれなくて見逃みのがせない喧嘩けんかが始まった瞬間である…。





――――――――――――





「いいですか?


 体のマナを素早く全身に纏わせる技…、これを魔を着るという意味を込めて『魔装まそう』と呼ばれています。


 これが、すべての技の基本になりますので、良く覚えておいてください。」



「「押忍っ!!」」



 その日、俺とクリスは一緒に、師範代『セバス』にマナの使い方と体の動きの流れについて教わっていた。


「お嬢様には、分かりずらかったでしょうか…。

 ……では、1度見本を見せましょう!

 クリス…、私の横に来なさい…。」


「押忍っ!!」


 マナを纏わせる『魔装』には、成功したものの、その次である体の動きと流れについて今一いまいち、分からないでいた。


 喧嘩などしたことがない俺では、当然といえば当然である。


「クリス…、魔装をしてみなさい。」


「押忍っ!!」


『ふんっ』

「まぁ、35点と言うところですか…。」


(…えっ?

『師範代』には他人のマナが見えてるの…?

 じゃあ、実力者っていうのが『マナ』見えるのに影響しているのだろうか…?)



「お嬢様、この世の生きている生命すべてには身体に一定の周期でリズム・・・が繰り返し刻まれているのです。


 1人、1人、速かったり遅かったり、もしくはその両方であったり、強かったりも弱かったりもします。

 そのリズムが他人と全て一致する確率は『65536分の1』だとも言われています。


(それって、もし出会ったらフリーズするとか言わないよね。)


 極めて希ですが、もし、己と同じリズム同士の者が出会うと、共鳴・・して体が爆発すると聞いたことがあります。


 本当かどうかは分かりませんが…。」


「なにそれ!?

 こわっ…!?」


「『ふっふっふっ…。』

 さてっ、冗談はさておき話の続きに戻りましょう。

 まずは、己の心臓の鼓動を一本の長い波線を思い浮かべてください。


 この波線が一番高くなった場所を『てん』と呼び、一番低くなっている所を『ごく』と呼びます。


 己の感情でリズムが上下に動く時もありますが、時間が経てば自分の体に刻まれている基本のリズムに戻ります。


 3分経てば元に戻り、また初めのリズムから始まる…。


 この、自分に刻まれたリズムを完璧に理解した者を、『理解者アンダー』と呼び、己のマナを使用できて、リズムを制御できる者を『使用者ユーザー』と呼びます。


 魔法が使えるので魔法師や魔法使いと間違われがちですが、れっきとした『魔法拳闘志まほうけんとうし』は第2の拳闘志なのです。


 また、波の幅を完璧に制御して無くし“1本の直線“という『なぎ』の状態にできた者にのみ、先代から『師範代』へと教えを説く側に名乗り上げる事が許されます。  


 ひかりやみ…、いんよう…、せいどう…、じゅうごう…、てんごく…、交わる事の無い、極致の領域を制したものだけが『師範代』を名乗れるのです。」


 両手を広げて熱弁している『師範代』に、魔装を続けて聞いていたクリスと、座って聞いていた俺も、理解するのに必死に頭を働かせる。



『………………。』


「……つまり…、師範代は物凄い実力者、ってこと?」


「『ふっふっふっ…。』

 そうなりますね…。

 そして、これからお嬢様に教えるのは、リズムが高まり『天』に達している状態の技と、低下している『獄』と言う技です。


 リズムは己の気持ち・・・によって大きく上下します。


 嬉して楽しい事があり、笑顔で気分が高揚している時、体のリズムが高まって、『天』に達するに近しい状態となります。


 逆に…、辛く、悲しい事があり、怒りが高まれば、気分は下がり、リズムは低下して『獄』と近しい状態に陥ります。


 『天』を柔と表すならば、『獄』は剛…。


 先日、お嬢様に教えた柔術に『天』のリズムを加えると。」


「クリス、魔装状態で剣を抜き、私に攻撃してきなさい。」


「押っ、押忍!」

『ハアァーーッ!!』


 クリスは剣を抜き、上段から『セバス』に向かって剣を振り下ろした。


 すると、老人ではあり得ない速さになった『師範代』は、クリスの懐に片足を曲げたまま突っ込み、前のめりで低い体勢のまま素早く潜り込む。


 まるで、少林寺拳法の映画のワンシーンに出てきそうな光景だ。


『ッ!!??』


 クリスが潜り込んできたセバスに気付き、慌てて剣を振り下ろす。


 剣を握り、思いきり空気を切って、振り下ろされた腕に、師範代は左手を添えて、動きに合わせ軌道を変えて受け流す。


 クリスの全体重を『この時』支えていたであろう1本の足を右手で払い、受け流された腕の方向と、払われた足の方向が重なったクリスは、体を半回転させられ、地面に背中を打ち付けて空を観せられていた。



「「………………っ。」」



「すっ、スゲェーっ!!

 少林寺拳法さながらの芸風だよ今のっ!!」


『……。』

「少林寺拳法と言うものもありますが、今のは『天』を応用し、知覚を高めて受け流す『りゅう』と言う技です。


 すべての流れを見極め、受け流す。


 それが、柔術と受け流すを合わせ、攻撃にも転ずる拳法…、『合気道』です。


 普通はこの時、倒れている者の喉を殴ったりしますが、殺す必要がないので今回はやめておきましょう。


 『天』の状態の時は、五感『視覚しかく聴覚ちょうかく嗅覚きゅうかく味覚みかく触覚しょっかく』が研ぎ澄まされ判断力が増し意識すれば回りが遅くなるのが分かります。


 知覚できる量が増せば増すほど、出せる力『パワー』は減っていきますが、その分受け流す精度は格段に上昇します。


 『獄』の状態の時は、逆に五感が鈍くなり判断力が低下する代わりに、本来は出せ無いであろう力『パワー』が、桁違いで発揮できるようになります。


 全身が硬く強化され、怒りに身を任せて本気で殴れば、部位が吹き飛んだり、貫通したりして楽しい・・・のですよ!」



「「……………。」」



 師範代の最後の『言葉楽しい』に言葉がでない…。



(………えっ?

 さっき、なんていったの!?

 セバスってそんなこと言う人じゃ無いよね?

 大じょっ…、大丈夫だよねっ?)


 倒されたクリスがゆっくりと起き上がる。


 師範代から感情の起伏をコントロールする重要性、『天』と『獄』の使い方とそれぞれに関連する技を教えてもらい、クリスに実践する日々が続いたのであった。




―――――――――――――





 俺は2人の男の子の真ん中に立ち、後ろからそれぞれの肩に手を置いていた…。



「おいっ!

 いい加減離せよ!!」


「この女の子っ、もしかしてお前の事が好きなんじゃねえの?

 お前の事ずっと見てんじゃん!!」


「ばっ、なに言ってんだよっ!

 馬鹿にすんなっ!!」


 男をからかい、顔を真っ赤にして照れ隠しをしている男の子達を他所よそに、俺は『師範代』との訓練で身につけた、素早くマナを身体に纏う技、『魔装』を使う。


 素早くマナを全身に巡めぐらせて身体強化をほどこした時、知らぬうちに『獄』に入っていたリズムの影響なのか、俺の周りから一瞬だけ強く、…、の様なものが吹き出した。


 俺は目を血走らせて戦闘『行動』を開始する。


 「はっ?誰」っと言い、もう1人の男の子をからかっている奴のひざの内側を後ろから蹴り、膝を着いたそいつに回まわし蹴げりを後頭部こうとうぶに叩たたき付けて蹴り飛ばす。


「お前の袋も取ってやろうか」と言い、照れ隠しをしていた奴は、近くに落ちていた長い棒を拾い上段から俺に向かい振り下ろしてくる。


「いっ…、いきなり、何すんだよお前!

 そっちが、先に手を出したんだからなっ!

 もちろんこっちも抵抗するで…、拳で・・っ!!

 ぶっ殺してやるっ!!!」


 俺は『師範代』の使っていた小技、『縮地しゅくち』を使い相手の懐に素早く潜り込み、潜り込むスピードに合わせててのひらにマナを集めていく。


 完成された風魔法は、圧縮され…、触れた瞬間に爆風を放つ危険な代物となっていた。



獄心ヘル風爆掌バースト!!!!!』



 完成された風魔法に、入り込む勢いと全体重を上乗せした掌を、男の腹部に叩き込み、めり込ます。


 渾身の一撃をまともに食らった相手は、体をくの字に曲がらせ重心を支えられず浮き上がる。


 浮き上がる両足に加え、圧縮された風魔法が触れた事によって爆風となり、浮き上がった少年の身体に襲いかかった。


 回転させながら吹き飛ばされた少年は、身体を大の字のように広げて、くの字に折れ曲がり、遠く後ろまで吹き飛ばされていく。



「ぐっ…うわわあぁーーーー!!」



 身体強化をし、師範代の訓練を受けているレイナの力『強さ』は、同年代の子では比べるまでもなかった。



「かっ、カハァっ、…。」



 吹き飛ばされ背中を木にぶつけた少年は、かろうじて意識がある様子にみえた。


 俺は無言で近付き、息ができずに苦しんでいる少年『袋取り野郎』に近づき胸ぐらを掴む。



「てめぇ…、誰の玉袋取るだって?

 俺の棒が短くて、けないって言った奴はどこのどいつだ?

 あぁ?

 俺は『生涯・・』童貞なんだよっ!

 そこんとこ、良く覚えとけバカヤロー!!」


「ずっ、ずみまっ…、ずみまぜんでしたっ…。」


 呼吸もろくにできず、意識がもうろうとなっている少年に罵声を浴びせた俺は言葉を続ける。


「次っ、他人の袋を奪ってるところ見掛けたら、お前のぶら下げてる、引きちぎるからな…。

 もちろん拳で・・っ!!」


 俺の拳を見せつけ発した言葉を聞き、俺の顔を見た少年は目が上を向き、白目になり泡を吹いて気絶した。


(こいつには、俺が悪魔と契約した魔王にでも見えたのだろうか……。

 まぁ、どうでもいいか……。)


 かくして、俺の人生初の喧嘩は大勝利で幕を閉じたのだった…。


『…………。』


「…あのっ。

 あ…ありがとうございます。

 これで、やっと薬草・・を摘みに行けます。」


「んっ…?

 あぁ、よかったな。

 次は、…、取られないように気を付けろよ…。

 俺のは失くしちゃたからさ……。」

 空を見上げて、黄昏たそがれを見るように俺は言った。


 そんな俺を、女の子はずっとほほを真っ赤にしながら見ている。


「あの、名前は何て言うんですか?」


「えっ、俺っ?

 レイナだけど…。」



「『……レイナ様……。』

 私はシャルルって言います。

 ではっ、レイナ様!

 助けてくれたお礼もしたいですし、私の仕事が終わるまで、ここで待っていてください!」


「…いや、いいよっ。

 そろそろ、帰ろうかと思ってたし。」


「ダメですっ!

 恩人に何もしないなんて、おさんに知られたら怒られてしまいます…。」


「……わかった…。わかったから…。

 近いって!!

 じゃあ、もう…、俺も手伝うよ…。

 1人よりも2人の方が終るの早いだろっ。」


「いいんですか?

 …ですが、これは助けてくれた人にまた助けられる事になるのではっ…?」


「だっ、だいじょうぶ大丈夫っ!

 君の、シャルルの事も知らないし…。

 村っ、そうっ!

 村の事も、手伝いながら一緒に教えてくれると嬉しいかなっ。


(それに、早く帰らないと怒られそうだし…。)


 少し帰るの遅れるけど、いいよなゼブラ?」



「(………………。)」



「ゼブラっ??」


 返事がなく、振り返った俺に『ビクッ』と怯えながらゼブラが『思念』を飛ばす。


「(………あるじー、怒ってない?)」


 震えて怯えるゼブラを俺はこの上無い笑顔でゆっくり持ち上げ…、優しく抱き締める。


「もう怒ってないよ♪

 怖がらせちゃってごめんね…。」


 怒ってないと知り、ゼブラはいつものように明るく元気にはしゃぎ出す。


「(ほんとっ?

 じゃあ、ぼくも薬草?

 取りに着いていくー♪)」


 元気になったゼブラと共に俺は、虐められていた村娘のシャルルを助け、話の流れで何故だか薬草採取を手伝うことになり、ゼブラと共に、薬草が取れる場所を目指して、知らぬ森の中、シャルルの後ろをついて歩いていくのであった。―――――――





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