第9話 探検章1…【魔法の言葉】


『…………。』


「…もしかして、ゼブラが喋ったの?」


「(そうだよ…。

 あるじー、ぎゅーってしてっ!)」


 ゼブラの口は動いておらず、ゼブラの意思が頭に直接話しかけられている感覚に近かった。


(何だ…?不思議な感覚だな…。

 これがテレパシーってやつか?)


 側にいる、全身灰色の獣に視線が移る。


「(あるじー?

 どうしたの?

 からだ痛いの?)」


「ううん、全然痛くないよ。

 ゼブラの声が聞こえたからちょっとビックリしちゃっただけ!」


 ゼブラの問いに首を振り、要望通りに抱き締める。


「(あるじにぎゅーされるの好きー!)」


(か、かわぇぇ…)


 抱き締めていると、訓練の疲れも合ってか、お互い心地よくなり、話に花を咲かせる事もなく、俺と『ゼブラ』は深い眠りに着いていたのであった。


 ――――翌朝……――――


 窓から、日の光が差し始めた朝…。


 顔を舐められ、側で元気に走り回り飛び跳ねている『ゼブラ』に、俺は起こされていた…。


「(あるじー、起きてー。

 いっしょに遊ぼー!)」


 側ではしゃぐゼブラに、眠い目を擦り…俺は目を覚ます。


「お…、はぁぁ~、おはよゼブラ。」


 盛大なあくびをかまして、俺はゼブラに話しかける。


『ふわぁ…』

「(…おはよーあるじ。)」


 俺のあくびが移り…、小さな口を大きく広げて息を吸い込み、吐き出したゼブラが答える…。


「(遊ぼー!

 あるじー、はやくー!)」


 目を覚ましても、ベットから起き上がらずに寝ている俺の周りで、元気に走り回り飛び跳ねて、口を動かさずに『喋る』ゼブラの要求に負け…、起き上がり服を着替える。

 訓練に使用している動きやすい、目立たない格好の服に着替える。

 朝早く肌寒い事も考慮して、頭も隠せるローブを羽織り…準備完了!


「じゃあ…、遊ぶついでにランニングでも行くか?」


「(行くー!)」


 着替え終えて、ベットの近く『部屋の隅』で寝ている『クリス』を起きないように音を立てずに一緒に部屋から出て行く…。

 屋敷を抜け出し、庭に出たところでまだ辺りには誰もいない。

 多分、使用人達はまだ寝ているのだろう。

 そんなことを、思っていると不意に、敷地の外がどうなっているのか気になりだした俺…。


 そういえば、転生してから今まで、まだ屋敷の景色しか観たことがない……。


「…なぁ、ゼブラ!

 この敷地の外ってどんな感じか、見たことある?」


「(…ないよー。

 ぼく…、木がいっぱいで暗い所しか、知らないもん…。)」


「そっかぁ…。

 ……じゃあさ。

 一緒に探検たんけんするか!?」



「『っ!?』

 (探検するー!!)」


 森しか知らない『ゼブラ』と屋敷しか知らない『レイナ』。

 1人なら心細くても2人なら大丈夫…。

 唐突に浮かんだ『探検』という魔法の言葉…。

 精神年齢が大人で、まだ幼い身の俺でも、それを口にした時…、何故だか心が踊った。

 幼い体というのが、心にも影響を与えた原因の『1つ』だったのだろうか…?

 

 とにもかくにも、『探検』という魔法の言葉に胸が高鳴り、心が踊った1人と1匹…。

 『探検』に魅了され、魔法を掛けられた俺達は、まだ見ぬ世界に向けて、1歩…、また1歩と足を前に、踏み出して屋敷から離れていった…。


 ――――そんな、屋敷から抜け出した2人『レイナとゼブラ』を…、―――の部屋から覗き見ている青年がいた。


「はぁ…、まったく…。

 最近のお嬢様は元気過ぎです…。」――――


―――――――――――――


 ……1人と1匹は一緒に競争仕合い、まだ見たことのない世界で、楽しく笑い合い、大地を蹴って走り、何処に着くかも知らない道を進んでいく…。


 畑を越えて橋を越え、また畑を過ぎて辺りに何も見えなくなった頃…。

 気がつけば、進んでいくと遠くの方でギリギリ見えていた、1つの村の入り口まで走りついてしまっていた…。


「…ここ、何て名前の村なんだろう…?」


「(あるじー、だれか来るよー。)」


 村の前で突っ立っていると、『ゼブラ』が前から歩いてくる男に気づいた。


 荷台を引いている大柄の男は、首をぬので巻いていた。


 男は村の入り口の前に立っている、小さい少女に声をかける。


「…ん?

 珍しいお客さんだな!

 こんな可愛らしいお嬢ちゃんは!」


「あっ…、こん…こんにちは。」


「嬢ちゃん!

 この村に入るんなら、首にぬのを巻かなきゃならねぇ決まりがあるんだ。

 布か何か持ってるか?」


 俺は急いで、すべてのポケットの中に手を突っ込み、持ってないかを確かめる。


「…持ってないです。」


「そうかっ。

 せっかく来たんだ!

 おっちゃんの持ってる、綺麗なのをやるよ!」


「そんなっ。

 悪いですよ…。

 何もお礼に返す物もありませんし…。」


「いいってことよ!

 布なら腐るほど持ってるからな!

 ほらよっ!

 受けとんなっ!

 嬢ちゃん!!」


 そう言って渡された布は、少し汚れているが綺麗と言えなくもない。


「あっ、ありがとうございます。」


『ぐぅ~~。』


 布を渡されお礼に頭を下げると同時に、男に聞こえるぐらい盛大な腹の虫が俺の腹から鳴り響く。


 朝から、何も口にしていない俺は、ランニングを終えて腹ペコだった。


 見知らぬ男に腹の虫を聞かれ、気恥ずかしくなり顔が赤くなる。

 お腹も空いたし、そろそろ帰ろうかと思った時、布を渡した大柄のおっさんが盛大に笑い出した。


『ガッハハハハハ!!』

「なんだ、嬢ちゃん!

 腹へってんのか!

 準備してやっから、ちょっと待ってな!!」


 男はそういうと、荷台の荷物を広げだし屋台を完成させた。


「…さぁ!

 準備できたぜ!

 どれが食いたい!?

 なんでも、好きな食いもん言ってみなっ!!」


「あのーおれっ…、

 私っ!!…お金持ってないんです…。」


「金?

『ガッハハハハハ!』

 ガキがそんなもん、気にするこたぁねえっ!

 腹減ったときに食う、串焼きは格別だぞぉ!!」



『じゅるっ』

 前世での焼き鳥を想像し、口から溢れ出るヨダレを拭う。


「じゃあ…、このボアの串焼きを、4本下さい。」


 注文を聞き、男は嬉しかったのか、イカつい顔がみるみる剥がれ落ち、隠すことなくむき出しになった笑顔で答える。


「““まいど!““」


ジューシーな肉のかおりが食欲をそそる。

 そして、甘辛いタレを満遍まんべんなく塗り付け、綺麗に焼き目つけて完成させたボアの串焼きは、とても…、すこぶる旨そうに見えた。


 デカイ葉っぱにくるまれた串焼きを渡される。


「あっ、ありがとうございます。

 あの、本当にただで貰っても……。」


「なぁに、気にすんな!!

 腹が減る気持ちは誰よりも俺はわかってる!

 また来てくれたらそれでいいからよ!!」


 「では、名前だけでもうかがっても…いいですか?」


「おうっ!

 俺はエモンドってんだ!

 それと、こいつはおまけだ。

 味がしつこくなったらそれ食べて、落ち着かせるんだ!

 可愛い嬢ちゃんにはサービスしなきゃな!

 …またな、嬢ちゃん!」

『ガッハハハハハ!!』



(『エモンド』さんか…、覚えとこう。)



「エモンドさん!

 本当にありがとう!!

 次は必ず、お金持って来るから!」


 俺はエモンドに手を振って別れを告げ、村の広場へ向かい、木陰の下で座りゼブラと一緒に『エモンド』から貰った朝飯の串焼きを食べて、余りの旨さに震えていた。



「うっっまーい!!

 何…!?このビールが欲しくなる濃いめの味!?

 止まんないよ!!??

 マジで旨すぎる!!!!」


 足をバタつかせ、串焼きの旨さを絶賛する。

 良く見ると、ボアから焼き上げた時に出てくる油が肉の表面をコンガリ揚げて、旨さを逃さないようにコーティングしている。

 その上から濃いめに作られたタレを塗ることで、口に運ばれた『それ』が舌先に触れた瞬間、濃いめな味が舌を刺激し、噛み締めたときに溢れでる肉汁とタレが広がり、噛み締めるたびにタレと肉汁が混ざり合う。

 絶妙にマッチされた『それ』は今まで食べた事のある、どの串焼きよりも旨く美味だった。


「(あるじー、お肉おいしい!)」


 おまけには、鳥っぽいサッパリした串焼きが2本入っていた。


 これも美味しく頂き、師範代『セバス』から教えていただき、最近覚えた水魔法で手と口元を洗い、両手に水を湧きだしてゼブラと共に水分補給をする。


「…さて、これからどうしようかっ。

 そろそろ、帰った方がいいかもな。

 クリスも心配するだろうし。

 師範代に逃げたって思われたら怒るだけじゃ済ま」――――――


「(あるじー、怒ってる人いるー!)」


「えっ!?

 やっぱり、師範代怒ってるの!?」


 いきなりゼブラから話し掛けられ、『ビクッ』っと体を震わせてしまう。


「(違うよ…、ほかの人ー。)」


 ゼブラの言葉にビックリした俺だか、早とちりと知り胸を撫で下ろす。


(なんだよ…、驚かせんなよ…!

 ビックリしたなぁ…もうっ!)


『………………。』


 別の、人か…。

 怒るって何だろ?

 喧嘩かな?


(ふっ、馬鹿馬鹿バカバカしい。)


 拳や武器を握って喧嘩をする奴も、それを見ようと野次馬になって、ヤジを飛ばしたり、他の通行人の邪魔をしたりするような鬱陶しい人間じゃ、俺はないっ!

 そんなのをするのは、『バカ』だけがすることだ。

 ボクシングやプロレス、総合格闘技、全く興味もないし、テレビに映っていても直ぐにチャンネルを変える。

 微塵も興味がないからだ。



(クリスも心配してるだろうし、そろそろ屋敷に帰るとするかっ…。)




「ゼブラ!!

 ちょっと気になるから、喧嘩してるところに案内して!!!」



 俺はヤジだって飛ばさないし、携帯で写真や動画を撮り証拠を押さえたりもしない。

 怒りの矛先が自分になるのを防ぐ為である。

 

 そんな俺にも野次馬に通じる、というか生きていく上でのポリシーみたいなものが存在する。


 それは、面白そうなものは一度見てから判断『決断』することである。


 皆も、ろくに見てもいないのに面白くないと決めつけた事はないだろうか?


 店のクチコミ評価、作品に対するレビューの数、ご近所さんの浮気話など…。


 俺は一度見てから面白いかどうかは自分で決める・・・というポリシーを…、癖みたいな…、というかトラウマになったと言えばいいのだろうか?



 ……難しい話だ……。




―――――――――――――




 その原因にもなった話をしよう。

 ご近所さん同士でヒソヒソと自身の浮気話に熱中している奥さん達の内容を耳にした俺は、親友『タカちゃん』と一緒にご近所さんの浮気現場を拝もうと面白半分で見学しに行くことにした。


 作戦決行日…、平日の昼に学校を抜け出した俺たちは予定の時間になってもご近所さんが来ず、場所・・を聞き間違えたのかと疑い始めたとき、1人の男性と腕をくみ、一緒に歩きある・・1件の建物に入っていく女性を見てしまった…。


 いつも・・・とは違う…、綺麗で露出の高い服に身を包み、色っぽい化粧で女の顔になり、俺がいた事もない甘い声で話している女性が入っていく。

 







『…………かあちゃん……………。』





 



 

 その日の帰り道…、親友からしてみれば、すごく気まずかったと思う。


 『人のプライベートに口出しすると、火傷する』


 こう言った言葉を聞いたことはないだろうか?

 口出しではないが、その通りだと思う。

 遊び半分で見に行ったバチが当たったのだろう…。


 見学しに行った先で、俺達2人は火傷どころか1人は焼死体しょうしたいになって返って来たのだから…。


 何を言っても笑わないし、しゃべらない…。

 泣きもしない代わりにずっと、地面と睨めっこ…。

 よく俺を置いて行かずに連れて帰ったと思う。


 その日から俺は、他人から何を言われようと、自分で見てから決める・・・と思うようになった。

 ついでに、自分で全部抱え込むという癖のおまけつきで…。



 結果的に、『浮気現場』を目撃するという当初の作戦は、深い傷を残したまま皮肉・・にも大成功で幕を閉じた。




―――――――――――――




 そんなことが合ったからこそ、俺は胸を張って言える。



““『何年経っても馬鹿の頭は変わらない』““




「ゼブラ!!

 ちょっと気になるから、喧嘩してるところに案内して!!!」


「(わかったー。)」


 ゼブラは元気良く歩いて、怒鳴り声のする場所まで案内した。――――


 

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