第8話 貴族令嬢


『コンコンッ』


――――「入れっ!」――――


「失礼します。」


 グランとセバスが話し終わった時、ドアをノックしたクリスが部屋に入っていく。


「クリスか、どうした?」


「はい…。

 先程、お嬢様が幼体の魔獣と契約をわし、使役しえきに成功しました!」


「なんだと!?

 魔獣とは何の魔獣だ?」


「それが…、少し特殊でして、ユニークモンスターのウルフなのですが。」


「ユニークだとっ!?

 ここ最近、耳にすらしていないぞ!

 本当に契約を交わしたのかっ!?」


「はい。

 私の知るかぎりの契約に関する工程こうていは、すべて見てとれましたので使役できたと断定しました。」


「だが、ユニークは何が起こるかわからん。

 それゆえにモンスターとは呼ばず、わざわざかしらに『ユニーク』が付けられているのだ!


 王都では、ペットのリトルスネークからユニークモンスターが生まれて、まだ生まれたての小さい赤ん坊だからと契約をけしかけた飼い主が逆に隷属れいぞくさせられた、なんて話もある。


 絶対に安全と言いきれる確証かくしょうが、お前にはあるのか?」


 驚いてクリスに問い詰めている『グラン』の前まで、俺は歩みを進める。


 クリスが話している最中も、とある行動をするか否かで悩んでいた。


(これは…、いま使うべきなんじゃないか?

 いやっ、使うべきだとは解るんだか…。

 いい年したおっさんが、おっさん相手に『ぶりっ子』して甘えるのは、どうなのだろうか…。

 うーん…正直、めちゃくちゃ恥ずかしいっ!

 しかし、今やらないと今までしてきた練習が無意味に…。

 ………。

 えぇい!もうっ、どうにでもなれっ!)


 レイナはひそかに鏡の前で悶絶しながら練習した上目遣うわめづかいと、鏡の前で自分に向かって甘えた声で台詞をいっては赤面して、枕に何度も拳を振り落とす作業をしていた。


 今、その努力の成果を魅せるとき。


 俺は、意を決して胸に抱いたゼブラを見せながら最適行動を開始する。


 『グラン』の前にまで来た俺は、立ち止まり少し下にうつむいてから、これからいう言葉を思うと段々頬が赤くなってくる。


 目を潤ませるように部屋に入る前から瞬きをしないように意識して、涙も下まぶたに溜まっている。


 (イケるっ!)


 俺は頭を上げて、抱っこしている『ゼブラ』の顔で口を隠す位置について甘い声で答える。



「お父様…。

 ゼブラを飼っては、ダメ…ですか?」


「クゥゥン…」


 レイナの意図いとを読み取ったのだろうか、ゼブラも目を丸くし、耳を垂らして悲しい声を出し追撃をかました…。


 すると、『グラン』の目からは涙が止めどなく溢れた。



 (いやっ、わかってはいたがそんなに、泣くことってあるのだろうか?)


 俺は…、『レイナ』は本当に愛されてるんだなぁとしみじみそう感じた。



「よし、犬小屋を作ろう。

 早く木材と釘を買ってこい!

 今すぐだっ!急げっ!!」


 即決であった…。無理もない。愛娘から避けられ、無視され、声もかけて貰えない…、そんな状態で話してくれるのは『お願い』の時のみ…。

 たとえ『お願い』でしか口が聞いて貰えずとも、愛娘から話しかけてくれる嬉しさの方が、無視され続けたグランにとっては最高のご褒美になっていた。


 俺の記憶が入る前のレイナは、『グラン』限定ではあるが、まさに男心を手玉にとったキャバ嬢、No.1顔負けの逸材であった。


「首輪は、契約しているとバレたら面倒だからフェイクの魔獣奴隷の首輪を着けさせるか…。

 成長しても、苦しくならない可愛いものを作って貰おうな♡」


(なるほど…。

 これほどの効果を発揮はっきするのか。

 これは、今後の為にも少しサービスしておこうっ!)


 聞いた感じからして、少し値が張る物のようだ。

 それなら、飴でも与えて機嫌を取りやすい状態にでもしておこうという考えに収まった。


(まぁ、やらなくても喜んでくれそうだが、一応『俺』の父親なんだから、早い親孝行てきな感じかな?)


「お父様…。

ありがとうございます!」


「キャンキャン!!」


 レイナと『ゼブラ』に飛び付かれて、飴を与えられているとも気づかず、娘からの『ハグ』に嬉し泣きしているグラン。


 後のことなど、グランはあまり考えていない。

 今、娘が笑顔で自分が幸せならそれでいい…。

 なんとも、薄っぺらい欲望にグランは考えるのを止め、流れに任せて身を投げ出した後だった。


 セバスはため息を混じえつつ、口を開いて言う。


「わかりました。

 後のことは、私が指示を出します。」


 気持ちを切り替えたセバスにグランは「任せる」と一言だけ口にし、次いつあるかわからない今の幸せに身を投じた。



――――――




 レイナに魔獣の契約をうながしたとして、セバスに罰とゆう名目で犬小屋を作る羽目はめになったクリス。


 犬小屋を初めて作りレイナの部屋に置いたのだが、日曜大工などしたことがない不器用なクリスの作った犬小屋は、日をごとにゼブラには使ってもらえず、レイナの部屋のオブジェへと、変貌へんぼうを遂げつつあった。


 貴族令嬢の振る舞いに抜擢されたのは、まさかのクリスの『母』だった。

 何処かの貴族の令嬢だったのかとセバスが疑うほど、マリヤ『クリス母』の教えは厳しく的確であり、あの『師範代』でさえ絶賛し拍手を浴びせるほどだった。


 紅茶の目利き、異性と同性に対する立ち振舞い、言葉遣い、姿勢、暗黙のルール、知っている知識のすべてを俺に叩き混んでいく……。

 暗黙のルールは女性にしか伝わっておらず、セバスに聞かれても絶対に答えようとしなかったが、マリヤから聞いたとき…、(女ってめんどくさくて、マジで恐えぇ)っと思ってしまった。


 いわく…ルールその1

 お茶会に誘われれば必ずいくこと。

 これは、破ることは許されず、いけない理由があるのなら、前もってその誘った人に断りの有無を伝えなければ、凄まじい虐めを受けると言われた。


 いわく…ルールその2

入りたいグループがあるのならまず、そのリーダーとマンツーマンでのお茶会に誘い、好みのお菓子、好みの紅茶の種類を調べあげ、話を合わして楽しく過ごし、気に入られなければならない。


 いわく…ルールその3

 そのリーダーが思いを寄せる人物に好意を寄せてはいけない。

 好きになるのは自由だが、決して口と態度には出してはいけないと言われた。


 いわく…ルールその4

 これが、最後であり禁忌らしい。

 グループの掛け持ちをしている者には『死』が待っていると言われた……。


 その4番目のルールを聞いたとき矛盾している点に気づいた。

 グループの掛け持ちはダメでも、グループに入っている状態で他所よそのリーダーの所にお茶会の誘いがきたら掛け持ち判定されてバットエンドなんじゃないのか?っというものだ。

 それに、めんどくさいからグループにずっと入らない方が誘われなくていいんじゃないかとも思えた。いや、これは名案だ!!


 マリヤの返答はこうだ。

 基本的にグループに入っているものを他所のチームが誘うことはないそうだ。

 よっぽどリーダー同士の仲が良いか、リーダー同士での話し合いや取引が成立している場合のみ誘われるそうだ。


 もし、自ら他所のチームに招待状を促して率先して参加すると、大体はそのリーダーが本元のリーダーに話を通す『チクる』のがならわしらしい。

 だから、基本的に誘われれば行かなければならない。

 拒否権などは持ち合わせてないそうだ。

 

 それと、何処かのグループに入らなければ1ヶ月で平均20回はいろんなグループからの誘いが来るとも言われた。


 しかも、移動は実費。

 よっぽど気に入られていなければ迎えなど送ってこないそうだ。


 地獄じゃないか…。

 貴族令嬢。

 めんどくさすぎだろ…。


 そんなことを考えていたら、またしても名案が天から舞い降りた。


『じゃあ、自分が【リーダー】になればいいんじゃね!?』


 そしたら、お茶会に行かなくていいし、誘われもしない。


 だが、それもマリヤは平然と覆す。


 初めに、リーダーになるには、その者の家柄…、つまり地位が高くないとほぼ慣れない。

 グランは男爵だから、1番下の地位に位置する。


 この世界での地位を表すならば、上から順に


大公爵だいこうしゃく

 ↓

公爵こうしゃく

 ↓

侯爵そうしゃく

 ↓

伯爵はくしゃく

 ↓

子爵ししゃく

 ↓

男爵だんしゃく

 ↓

騎士きし


 だが、騎士は殆ど貴族とはカウントされない風習があり、騎士の家でもあまり裕福では無いのが現状らしい。

 騎士の名家など、有名な騎士の家柄ならソコソコ裕福ではあるそうだが、滅多にいないそうだ。


 大体のリーダーは公爵令嬢であり、大公爵のお茶会に誘われた時点で周りからは声を掛けるのも恐れ多い、一目置かれる存在になるのだそうな。


 滅多に他の人を誘わないこともあってか、大公爵のメンバーは非常に少なく構成されていて、権力と顔の広さからグループに入ったら抜け出すのは容易ではないと言われた…。

 いや寧ろ、抜け出す理由がないのだが…。

 

 大公爵から誘われた時点で、勝ちが確定するこのお茶会を、どう攻略するかが今後の鍵になりそうな予感がした。


 そして、お茶会をする年は大体10の年になってパーティーをした後からだと伝えられた。


 まぁ、今は関係ないし…、また今度考えよう…。



 それと、師範代からの柔術と魔法の練習も厳しく、体が限界で心が折れても続けれるという偉業をマスターした俺は訓練する度に、心と体、共に強度が増していった。


 師範代が要るとき限定で使えたこの能力を俺は『『無我むが極致きょくち』』と名付けることにした。



 今日も極致の向こう側まで走り抜けた俺は、いつものようにゼブラと一緒に眠ろうと横になる。


 ゼブラは毎日寝る前に、指を舐めて俺のマナを欲しがった。


「また、欲しいのか?

 まったく、可愛いなぁ♪」


 俺がマナを与えていると…、いつの間にか眠っている。

 そんな、夜が毎日…、続いていた。


 ゼブラに付けられた綺麗な装飾そうしょくほどこされた奴隷魔獣、専用の首輪を見て、微笑む。


 意識が薄れて行く…。

 眠りに落ちそうになったとき誰かの声が聞こえた…。


「あるじー、ねむいのー?」


「うん、眠い。」


「そっかぁ。

 じゃあ、僕も寝ようかな。」


「うん。そうして…。

 ………えっ!?」


 俺が眠い目をこじ開けると、ゼブラがこちらを見て話しかけていた。



―――――――

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