第1話 転生したら幼い女の子でした。


 重いまぶたを広げ、俺は目を覚ました。


 《称号…【転生者】を獲得》


 頭の中で声がひびいた気がしたが、脳が働かない。


 夢をみているのか?

 俺は…、何をしていたんだっけ?


 目覚めて、まだ起きてない頭に鞭を打ち、目を閉じて必死に思い出そうと頭を動かす。

 

「えー、うーん…」

『!?』


 思い出した。

 あのとき俺は、全てが嫌になって、自分から…。


 

 手柄は横取りされ、失敗した濡れ衣を毎回着せられ、それでも彼女とは順調だと思っていたのに『アイツ』が仕向けたレンタル彼女だった。


 親友の『タカちゃん』と一緒にあれほど心配してくれていたのに…。


 『アイツ』と元彼女に心を砕かれて生きるのを諦め、身を吊るした後の苦しみも、思い出したくない出来事も…。



 全てを思い出し、俺は身体の震えが止まらなくなった…。


 体が震えていると気付いたとき、自然と自分の瞳から涙が溢れてくる。



 

 生きている事が嬉しい…。



 ―――[違う。]――





 『アイツ』からいいようにこき使われ、反論も抵抗もろくにしてこなかった俺でも、死ぬ気でやれば何だってできるって分かったこと。



 ―――[違うっ!アイツの報復が恐くて逃げることしかできなかったんだ。]―――





 『アイツ』から解放されたと思うと、苦しみを通り越して笑ったことでさえもいい経験だったと思えてくる。



 ―――[苦しみじゃない、自殺しかできない哀れな自分に笑ったんだ。]―――


 



――『沢山たくさん、泣いた』――


 体が干からびるんじゃないかと思えるほど、解放された嬉しさと、これから親に迷惑を掛けることになる後悔の悲しみ、自分の弱さへの怒りも混ざった涙を…。


 これまでの人生を洗い流して、新しい自分に『リセット』できるんじゃないかと思えるほどに…。





 ようやく泣き止んだ俺の口から出てきた第一声は、何故か『ありがとう』という言葉だった。


 なんで、それを口走ったのかはわからない。


 でも、どうしても…

 誰かに伝えたかったのか、自然と口から漏れ出ていた。


 泣き疲れると、不思議なことに滅入っていたのが嘘のように、『生きてて』良かったと前向きに思えるようになっていた。



 よし、えーっと、とりあえず…。


『ん?』


 此処ここは、どこなんだ?


「病院…だよな?」


 冷静になったとたん、自分の置かれている状況がわからず、周りを見ようと上半身を起こしてみる。


 ――体が軽い。


『っ?』

「ていうか、俺の手…小っさくね?」


『…………。』


「それにしても、豪華な病室だなぁ…。」


 自分のいる部屋の広さに感心していると、誰かがドアを開けて入って来るようだった…。


 ―――ガッシャーン―――


「だっ、だん、旦那様!!

 レイナお嬢様がお目覚めになられましたぞ!!」


 酷く慌てた様子で執事っぽい、おじいさんが奇声のようにも似た叫びをあげて走り去っていく。


「レイナお嬢様って、誰のことだよ!」


 喉が渇いていた俺は、目の前で落とされた飲み物を睨みながらつぶやく。


 他に飲み物は、無いのかと周囲を見渡した俺の目に、やたらと豪華な衣服を着た、可愛い女の子が居たことに気付き、目が合うなり互いに軽くお辞儀を済ます。


(…えっ、俺、泣いてる間、ずっとこの子に見られてたの!?

 はっ、恥ずかしいっ…。

 消えたい!消えてなくなりたいっ!!)


 真っ赤になっていると分かるぐらいに顔と身体が熱くなる。


 軽く頭を下げ、『恥ずか死ねる』心境のまま俺の会釈えしゃくに合わせるように…いや、同時?

 女の子も『俺と』一緒にお辞儀をしているのに違和感があった…。


 んー?

 あの子、何か変じゃね?

 ずっと目が合う女の子に困り、頭をかいた。

 

『っ!?』


「えぇぇぇーーー!!

 嘘だろっ!

 誰だよおまえ!!!」


 女の子はベットから慌てて飛び降り、鏡の前にへばりつく。


 綺麗に赤色に染まったストレートの長い髪。

 まんまるで大きな黄色い瞳。

 小さくて胸もない幼い体。

 だいたい5歳児くらいに見える容姿と可愛らしい声色こわいろ


 でかい鏡の前には、可愛い容姿をした女の子を写し出した俺の姿があった。


「ちょっとまてよっ!

 う、そだろ…」


 咄嗟に右手で服の上から股間を触り、突起物の有無を確かめる。


――「……無い…。」――


 俺はショックのあまり膝から崩れ落ちた。


 男の快楽を味わう前に、『去勢きょせい』された猫の気持ちは、こんな感情なのかと下唇を噛み締める。


 まさか…、去勢されて目覚めたネコが自身の、『アレ』が無い事に気づいて驚いている。


 そんな動画を見て笑っていた俺が…。

 猫と同じ立場になるなんて。

 誰が想像できるってゆうんだ…。


「まだ、新品で使ってすらないのに。

 何で、どっか行っちゃうんだよ。

 ――『相』――。」


 俺はいつも股関の場所にいた、髪の毛がツンツンして、首に『ピラミッド型』のアクセサリーをで繋げている『相』の姿を思い出していた…。


 35年間、共に歩んだ長い道のりだった。


 毎日、朝になれば、なかなか起きない俺に自分を大きく見せて怒って来たり。


 用を足す時には、わざと大きくなり出しにくくしてジャレて来たり。


 我慢比べで、お前の体をくすぐって、いつもお前が耐えきれず泣いていたな…。


 毎日一緒にお風呂に入って、お前の体を洗い忘れる事なんて無かっただろ…。


 どんなことをされても、俺はお前のワガママを聞いて、えてたじゃないか…。


 なのに、なんで…。

 どうして、俺はお前にあんなに尽くしてきたのに…。


 なんで、何も言わずに、俺を見捨てて行くんだよぉ。


 35年、このまま死ぬまで一緒だと思い、片時も離れず、苦楽を共に過ごした『相』は、俺になんのことわりも告げずに、忽然こつぜんとその姿を消した…。



「どうして…、なんでだよ…、AIBO相棒ー★☆!」



 枯れ果てた俺の体から出てくる涙はない。

 出したくても、もう出せない…。

 なぜなら、全てをついさっき出し切ったから…。


 唯一無二の、『相』が居なくなった俺には、自分が『女』なんだという事に疑う余地がない…。


「っくそ!!」


 やけくそになり、俺は人生初めての女性のおっぱいを見るのが自分の胸になるという奇妙な体験をする直前にいた。


 いざ拝もうと、まだ膨らんでもいない、自分の胸を覗こうと手を伸ばしたとき―――


「レイナー!」


 部屋の外から、ドカドカと走ってくる音と、何やら叫んでいるのが聞こえた。


 咄嗟に自分の胸元の服を離し、姿勢良く直立する。


 部屋に入ってきた小太りなおっさんは泣いているのか、顔がグシャグシャになり、ひどい顔になっている。


『うわぁ…。

 おっさんのマジ泣きってこんなみにくいのか…。』


 急いで来たのだろう、過呼吸になりながら涙と汗がびっしょりで息をするのも苦しそうだ。


 見た目が残念な『おっさん』は直立した俺と目が合うなり、全力で抱き締めてきた。


「あぁぁ、レイナ…

 ぶじっ、無事でよかったぁ!!」


 いきなり入ってきた小太りのおったんに、強引に抱き締められ息が出来ない。


(ってゆうかレイナって誰のことなんだ?)


 そう思っていると、抱き締められている女の子の記憶が頭に流れ込んできた。


(痛っ!)


 突如襲ってきた頭痛…。

 強く抱き締めてくるおっさんのおかげで身動きがとれない…。


(そうかっ、俺は死んでこのおっさんの『娘』になったのか…。)


「…っちょっ…ま…苦しぃ…。」


 聞こえない声を絞り出す。

 泣きじゃくる父親という『おっさん』の顔を見て意識が薄れていく。


 じゃあ、もう元の俺はいないのか…

 ほんと、我慢ばっかりの人生だったな。


 この子の身体になんで俺が宿やどったんだろう…


 俺が死んだとき…、父ちゃんも母ちゃんも、この『おっさん』みたいに泣いてくれたのかな…


 もし、また目が覚めることがあったら…

 今度は、ぜったい自分に正直に生きよう…


 段々、意識が遠退き、俺は小太りのおっさんに絞められて気を失った。


――――――



◇◇◇◇◇◇

名前『???』


 やめて!

 父親という特殊能力でみにくい『おっさん』に熱い抱擁ほうようまでされたら、異世界転生して相棒と別れた事に気づいてしまったレイナの精神まで燃え尽きちゃうっ!!


 お願い、気づかないでレイナ!

 あなたがここで気づいたら、今までの相棒との思い出や約束はどうなっちゃうの?


 希望はまだ残ってるっ!!

 この熱い抱擁ほうようを耐えれば、あの不細工な『おっさん』にだって、レイナの相棒を見せ付けてやる事ができるんだからっ!



 次回「レイナの棒今生の別死す」。

 デュエルスタンバイ!!



 

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