第2話 目覚めた世界


 再び、俺は眼を覚ました…。

 右手には、柔らかくて温かい感触がある。

 視線を移すと、俺の手を優しく両手で握る小太りのおっさんが座っていた。


 俺が起きた事に気づいたのか、慌てた様子で語りかけてくる。


「すまない、レイナ…

 苦しい思いをさせてしまって…。

 レイナが寝込んでから、ずっとこのまま目が覚めなかったらと思うと不安で…、取り乱してしまったんだ。

 どうか、許してほしい…。」



 俺は、自身に宿った『レイナ』の記憶を思い起こす。


 この『レイナ』という少女は、盛大にままな子に育っていた。


 欲しい物があれば、父親『おっさん』がなんでも買い与えてくれた。


 貰ってから直ぐに気分が変わり、「これじゃなく、『アレ』が欲しい。」などと駄々をこねて他人の私物を奪う、なんてことはしょっちゅうあった。

 

 そんな横暴おうぼうなレイナに父親は笑顔で頷き、どんな理不尽なレイナの『お願い』にも文句も言わず、ただ[我が子の笑顔が見たい。]という思いで教育などもさせずに、甘やかすだけの父親を屋敷のメイド達は、言わずともいつも困らされていた。



 屋敷の奴隷メイドが近くにくれば、「汚いから近づかないで!」と罵声を飛ばし睨む少女。


 どんなに身なりや容姿を綺麗にして、話ができるくらいレイナと仲が良かっても、奴隷と分かれば罵声を飛ばし、時には、「騙したお仕置き」として体罰を与えられる者までいた。


 そんなレイナは、屋敷の外にまで噂が広がるほどの大の奴隷どれい嫌いで有名になっていた。



 そんな横暴な彼女に、1つの事件が起きた。



 レイナの自室に置かれていた果物くだものを食べた彼女は、泡を吹いて倒れ、噛った果物を早急さっきゅうに調べると巧妙に毒が盛られているようだった。


 昏睡状態となったレイナに、俺の記憶が入ったのか、もしくは、元から持っていて昏睡状態がきっかけとなって俺の記憶がよみがえったのかはわからない。


 ただ1つ言えることは、俺はレイナという少女に転生したのだと考えを固めた。


 握る手が少し強くなり、俺を再びベットへと追いやった元凶に目を向けると、父親は目に涙を浮かべている。



 俺は死ぬ直前…、親孝行すると誓った。

 死に損なったら必ずと…。

 今、目の前で俺の手を握っている父親は、俺の知っている父親じゃないし、全く似ていない…。

 俺の知っている父親は、無口で人前で一切、涙も流さず、『背中で語る』そんな男の中の漢…。

 そんな人だった。

 こんな、我が子が倒れて泣くような父親じゃ――。

 

 そこまで、考えていると俺は死んだことを思い出しそこからの続きを考えれなくなった…。

 どこかは、わからないけど、向こうでは俺が死んだことで父ちゃんと母ちゃんが悲しんで泣いてくれてるのかなと思うと続きを考えれなくなった…。


 親より先に死んだ、こんな親不孝な俺だけど…。


 だけど、こんな俺にも…、まだ親孝行できる機会が出来たんだ。


 これから、また父ちゃんと母ちゃんに会えるかわからないし、多分会えないって理解してる。


 今からでも許してくれるかな…。

 いいよな…。

『…とおちゃん……。』

 

 そう思い、考えを固めた俺はレイナからの記憶を辿り、言葉を慎重に選びながら答えた。


「だ、大丈夫ですよ。

 過去に比べたら、こんなもの全然平気ですし。

 それに、辛い思いをしたのは…、お互い様じゃないですか。」


 それを聴いていた執事が目を丸くする横で、手を握っていた父親は、


『ウグッ、うぐっ、ヴぇぇぇぇ』

「レイナが、こんな私の為にレイナが…

 優しい言葉を使って…」


 手を握ったまま大の大人が盛大に、泣き出した。

 わがままな娘が怒ってくると思っていた父親は、しばらく俺の側から離れず、手を握り続けてただ泣いていた。――――




 ――目覚めてから1日が経った。―――


 ベットで横になっていた上半身を、起き上がらせる。


 俺はレイナの護衛にと執事が任命したであろう、生真面目きまじめそうな青年の奴隷に話しかける。


「あのー、クリスさん…。

 もう、歩けると思うんですが?」


「駄目です。

 セバス様から絶対に安静にさせろと言われております。

 何がなんでも、動くことは許しません。

 ベッドでゆっくり休んでいてください。」


 りんとした表情で黒髪の顔がいい感じに整っている青年は答えた。

 服も綺麗に着こなし、見た目は16そこそこの青年だ。

 剣みたいなのも、腰にぶら下げている。

 その細身で、振れるんだろうか?と疑問に思う。


(青年でも凄く、大人に見えるなぁ。)


 嫌、それよりも――


「じゃあ、その腰につけてる剣を見せてください。」


 現実世界で観る機会がなかった剣というものに、たまらず声が出る。


「駄目です。

 危ないですからね。」


「お願いしますお願いしますお願いします

 お願いしますお願いしますお願いします

 お願いします!!!!!」


 即答で断られたとたんに、負けじと俺は必死に目を見開き[クリスが折れるまで言い続けてやるっ!]、という気持ちになった。


 なぜなら…、剣は男のロマンだから。


 断り続けるクリスに、負けじと要求し続けるレイナ。


 部屋のなか、することもなく永遠に思えた押し問答にも終止符が打たれた。


「わかりました!

 降参です。

 本当は、駄目なんですが。

 遠目からですよ。

 絶対に近づかないで下さいね!」


 クリスは渋々、腰に下げている物の『持ち手』に手を掛け、さやからスルリと抜き出す。

 静寂になった部屋から金属の擦れた、実物では聞いたことの無い音を聴き胸が高鳴る。

 鞘から抜かれたそれは、窓から差し出す光もあり、とても綺麗だった…。


「…綺麗な、剣ですね。

 もう少し、近くで――」


「駄目です!」


 早々に剣を鞘に仕舞しまい、もとの位置に戻るクリス。


(ちょっと、ぐらいいいじゃないか!ケチめ!!)


 綺麗な剣を見せられた後、本当に何もすることがなかった俺はクリスにこの世界…というか、常識の話を聞いた。


 いわく…、この世界では魔法が使えること。


 いわく…、この世界ではスキルという概念がなく、個々の技量とアビリティで戦うということ。


 いわく…、この世界では、国で与えられた勇者や賢者などの有名な称号以外は、何かの功績を挙げなければ貰えないと言うもの。

 憶測だが、称号は勲章くんしょうのようなもので、国や人との関わりの際は役に立つが、ゲームみたいに個人での戦闘では、役に立たないと推測できた。


 いわく…、この世界には奴隷という身分が存在し、特殊な魔方陣が書かれた首輪に主の血を塗ると、奴隷としての契約が成立するらしい。

 『銅→銀→金』と左から順にその奴隷の身分が高くなっていき、なかでも、鉄は最低でどんな命令でも逆うことも許されず、ただ言われるがままの行動しかとれないらしい…。

 もし、逆らえば『どの身分の奴隷』も同じらしいが、首輪から全身に想像も出来ない苦痛が襲うそうだ。

 銀の首輪をしている銀奴隷からは普通に生活できるらしい。


 銅の首輪は、発言などは許されるが命令以外は、自由に行動出来ない制約がかせられる。


 銀の首輪は、命令以外でも発言や行動が許されている。

 命令がなくとも自由に動けるようになる銀の首輪から、奴隷達の生存率が著しく向上する。

 多分、何かを許可なく飲み食い出来るからだろう。


 金の首輪は、主に危害を加えないという制約があるが、許可なくすべての行動が許されているらしい。

 主に危害を加えないという制約は、どの首輪にも課せられているそうだが、金の首輪だけはその制約以外は自由。


 つまり、人並みだそうだ。


 奴隷ではあるが、一般人よりも高貴な身分の人間が奴隷に落ちる時に、良く使われているらしい。


 その話をしているとき、俺はクリスの首にめられた、紋章が浮き出ている銀の首輪に目がいく。


 つまりクリスは銀奴隷と言うことになる。


 クリスの話は止まらない。


 奴隷にされる理由にも、色々ある。

 国に納める税が払えないもの。

 人を殺した犯罪者。

 重罪での奴隷制度。


 なかでも驚いたのは、戦争で負けた国は、そこの戦場にいた国民を全て奴隷にする決まりがあるらしい。


 そんなルールがあるおかげなのか、どの国もたみを奪われたくないと、滅多に戦争などは起こらないそうだ。


 

 ファンタジーの『代表格』でもある『魔法』と言う物も自分の身体にある『マナ』が感じられれば、すぐに使えるとクリスは言う。


「じゃあ、今すぐ使いたい!

 どうしたらいいの?」


 魔法が『使える』という言葉に目を輝かせ、クリスという大賢者様から魔法を教えて貰おうとベットから身を乗り出した俺はクリス様に膝まずき、教えを乞う。


「おっ、お嬢様、そんな奴隷身の私に膝まで。

 やめてくださいっ!」


 大賢者様からのお言葉を受け取り、姿勢を戻して俺は魔法の使い方を教わった。


 ……教わったのだが………。


 やり方を教わってもさっぱりわからない。


 そもそも、マナってなに?

 芦田あしだ愛菜まなちゃん?

 『気』とかそうゆうの?

 俺、クリリンとか天津飯みたいに『気円斬きえんざん』とか『気功砲きこうほう』とか撃てないんだけど…。


「大賢者様…。

 出来ないです……。

 マナが…、愛菜まなちゃんが感じ取れません!!」


 芦田あしだちゃんが感じ取れなくて、落ち込む俺に、窓の光が指し込み、神々しく写ったその人は正しく…、神の使いに見えた。


 神使様に見えた青年『クリス』は優しく微笑んで、ポケットにある袋から1つの石ころを手渡してきた。



「では、この魔石をしばらく握ってください。

 何か感じたら言ってくださいね!」


 そう言うと、俺に小さい紫色の石を握らせる。


「それで?

 どうするの?」


「待つんです。」


「…っえ?」


「そんな直ぐには、使えません。

 才能だって必要です。

 私は強化魔法しか使えませんでしたから、お嬢様は初歩のマナを感じるところからになりますね。」


『……』

「わかりました。」


(なんだよっ。すぐ使えないのかよ!めちゃくちゃテンション上がったのに…。)


 それから、俺は片時も離すことなく、魔石を握り続けた…。


 雨の日も…、風の日も…、嵐の日も…、遠くでハリケーンが見えても…、俺はベットの上から窓に映る景色を眺め続けた。


 魔法が使いたい…。


 その一心いっしんで。


 5日目の夜、当分は屋敷の外に出られないとクリスに聞かされた俺は、信じられずねて眠りにつくところだった。


「どんだけ、部屋にこもらすんだよ!

 嘘だと言ってくれよ…。

 監禁って、犯罪なんだぞ?

 分かってる?

 さすがに、外に出てみたいよぉ。」


 監禁されてもうすぐ1週間が経ちそうになり、聞こえない声でブツブツと俺は悲嘆ひたんの声を口にする。


『…………。』


 時間も経ち、意識も散漫さんまんになった頃、無意識に目の前に持ってきた手から白いモヤみたいな物が魔石に吸い寄せられているのが目に映り込んだ。



―――――



◇◇◇◇◇◇

名前『???』


 芦田あしだ愛菜まなだよーっ!

 続きが気になるよね?

 まるまるもりもりだよね?

 つるつるピカピカ明日もね?

 晴れるかな―!




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