告白される不安
生徒が増え始めれば、自然に若い人間の声も増え始める。
些細な談笑から、少しばかりの小競り合いまで。一人一人の生み出す会話というものは面白く、それぞれがまったく一緒というのはありえない。
しかしながら、今という時間に限ってはそれも変わって来る。
与えられた環境や突然の変化に、皆が一様に注目し始めた時だ。
『見ろよ、楪さんだぜ……』
『今日も綺麗だよな……』
『どうやったら楪さんみたいになれるのかな?』
紅葉が学園に向かう通学路に現れる。
それだけで、ヒソヒソとした会話が一つになってしまった。
隣を歩く俺にも同じような視線が集まるものの、紅葉に比べたら微々たるものだ。
その代わりと言ってはなんだが、どことなく俺に集まるのは妬み嫉みのような視線が多い気がする。
……我慢しろ、榊春斗。
紅葉が学校でも甘えてくれるようになれば、こんな視線が一気に増えるぞ。
『俺さ、楪さんに昨日告白したんだよ』
ピクリと、俺の耳が反応する。
『お!? どうだった!?』
……紅葉に、告白、だと?
彼氏がいる女の子に対して、失礼考えずに告白した輩が、存在する?
いやいや、待て待て。
落ち着くんだ、榊春斗。
そもそも、紅葉の希望もあって俺達は付き合っていると大っぴらにはしていない。
故に、相手は紅葉がフリーだと思っているわけで、別に咎めるようなことではないのだ。
『いや、普通にフラれた。ごめんなさいって、ちゃんと理由もつけてさ』
『なんだ、付き合えたら一発殴ってやろうと思ったのによ』
『まずは俺を労わったらどうだ?』
……そう、紅葉が今日も変わらずあの態度で接してくれている以上、告白は了承したりはしていない。
というより、今後紅葉が告白されたとしても、紅葉であれば断ってくれるはずだ。
そこは信じてる。
俺達はお互いが好きなのだから。
(……しかし、やっぱりいい気分じゃねぇよなぁ)
自分の彼女が告白される。
信じ切っているとしても、靡くのではないか? という不安が拭えない。
そんな不安など、本当は抱かない方がいいに決まっているのに抱いてしまう。
だが、大っぴらに付き合っていると公表していないから、告白を阻止することもできない。
むぅ……なんとも辛いものか。
「どうかしたんですか、春斗さん?」
俺が小さく唸っていると、隣を歩く紅葉が心配そうに顔を覗き込んできた。
いつもとは違う距離感で、ただのクラスメイトを心配する優しい女の子として、声をかけてくれた。
それが少し……ムッとなってしまった。
(やっぱり、一度紅葉には俺の気持ちを分かってもらうようにしよう)
人の気も知らず、いつものお淑やかな自分を見せてくるこの子に。
もし、分からせてやれば「付き合っています」と公表してくれるかもしれない。
そうなれば、普段より一緒にいる時間が多くなって―――いつか、学校でも自然に甘えてくれるに違いない。
そう思い、俺は少しばかり嘘をついてみることにした。
「実は、昨日女の子に告白されてな」
「ッ!?」
俺が告白されたと嘘をつけば、きっと紅葉も同じような不安を抱いてくれるに違いない。
そうなれば、己の行動を見直し―――甘えてくれる:! いつかは!
「そ、そうなんですね……」
「あぁ……だから返事に困っていてな」
「こま……ッ!?」
紅葉が目を見開き、こちらを凝視する。
まるで信じられないと言わんばかりの顔であった。
だが、それもすぐに消え、いつものお淑やかな柔らかい笑顔を向けてきた。
「は、春斗さんはお優しいですし、かっこいいですから……女の子が好意を寄せる理由も納得がいきます」
「そうか? 実は、俺は告白されるのが二度目なんだ」
一度目はもちろん紅葉である。
「その告白のお返事を困っていると仰いましたが……」
「前向きに考えようと思っている」
「ッ!?」
大きく息を飲んだ音が聞こえてきた。
俺は先を見据えながら、嘘がバレないよう先を歩いた。
(まぁ、これで少しは紅葉も俺の気持ちが分かってくれただろう……)
あとは少ししてから「嘘だ」って言ってやれば問題ないだろう。
仮に告白をされたとしても、俺の中では紅葉以外はありえないし、あまりことを大きくして嫌われたくないしな。
「そ、それは相手の女の子も喜ばれるでしょうね……」
そう思い、俺はネタ晴らしをするために振り返った。
すると—――
「お、おめでとう……ご、ございま……ございま、す……」
―――ポロポロ、と。紅葉が涙を流していた。
お淑やかな顔は消え、悲しそうに俯きながら必死に祝福を送ろうとしていた。
(やばっ!?)
「う、嘘だからな!? 普通に冗談だからな紅葉!?」
マズい、と思い、俺は慌てて紅葉に駆け寄りネタ晴らしをする。
まさかここまで落ち込むようなことになるとは……かなりの罪悪感と己の浅はかさに殴りたくなってしまう。
「冗談……ですか?」
「そうっ! 冗談だから!? あとも先も、告白されたのは一度だし、そいつ以外ありえないって思ってるから!」
早く不安を取り除かなければと、俺は必死に説明する。
すると、紅葉はしばらく呆けると、涙を拭ってそのまま小さく柔らかい微笑を浮かべた。
「ふふっ、春斗さん。てっきり本当のことだと思ってしまったではありませんか」
「お、おう……すまんな」
「いえいえ、お気になさらないでください――――それと、少しお待ちしていただいてもよろしいでしょうか?」
そう言って、紅葉は足を止めスマホを取り出す。
そして、勢いよく文字を打ち始めた―――
(ん? 通知が……)
俺は通知を知らせるために震えたスマホをポケットから取り出す。
どうやら、メッセージがきたようだ―――
紅葉
『私、すっごく傷つきました! 不安になって泣いちゃいました! 罰として、今日は私の家にお泊りに来てずっと甘えさせてくださいっ!』
……。
………。
…………。
「お待たせいたしました、春斗さん」
打ち終わった紅葉がスマホをカバンにしまって隣に立つ。
まるで、何事もなかったかのように。
……とりあえず。
「……今日は、親に飯要らないって言っとくか」
「どこかにお泊りですか?」
私、知りませんを貫く紅葉を見て、ため息が零れてしまった。
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