登校からの登校
「春斗……私、最近知ったことがあるんです」
朝食を食べ終え、支度とあと片付けを終えた俺達は一緒に登校をしていた。
人の気配がほとんどせず、見渡せば遠目に山々が見えるような住宅街。
田舎の極みというわけではないが、それなりに交通の便が悪いということ、そこまで街が栄えていないといった具合には田舎なのが、俺達の住んでいる場所。
地元の高校までの道のりには、ほとんど生徒の姿は見えない。
学校が近くなってくれば生徒の数も増えるだろうが、家を出てのんびりとした道を十分歩くまでは、生徒に出会わないことがほとんど。
悲しきかな。近くには同年代で同じ学校に通っている子はいないのよ。
「どした?」
「あそこを右に曲がると、同じ学校の人とすれ違うことはないんです」
そう言って、紅葉はいつもの通学路ではなく『御岳山☛』という看板が立っている険しい道を指さした。
「そうだな。思いっきり山道に入るもんな」
いつも通りに家を出たら、確実に遅刻してしまいそうなルートだ。
「そしたら、春斗ともっと一緒にいられると思うんですっ!」
「笑顔で遅刻を容認するなー」
一緒にいたいという気持ちは凄く嬉しいのだが、彼氏としてはこんな真面目な子に意図的なサボりをさせるわけにはいかない。
だから、俺は紅葉の肩を押していつもの通学路へと促した。
「あぅ……春斗にフラれちゃいました」
「そりゃ、先生からの評判がいいお前を悪い子さんにするわけにはいかないからな」
俺だけであればサボることに抵抗はないのだが、紅葉も一緒というのはよろしくない。
個人的には、サボってでも一緒にいたいという気持ちはあるのだが……まぁ、これは口にすることでもないだろう。
「ちなみに、学校でも堂々と甘えてくれば、必然的に一緒にいられる時間は増えるぞ?」
「そ、その挑発には乗りません……っ!」
「う~ん? でもいいのかね? 俺と一緒にいられる時間が増えるんだぞ~?」
からかうような口調で、紅葉の顔を覗き込む。
一緒にいたいいたいと言う割には、一番活動時間の多い学校では接してくることが少ない。
用事があれば話しかけるだろうが、他は挨拶するぐらいで俺達には一切接点がないのだ。
結局、最終的に話すのは放課後―――それも、両方が家に帰ってから。
しかし、学校でも甘えてくれれば―――周囲から「付き合っている」と認識されれば、学校でも一緒にいられることが可能。
可能になれば、きっと紅葉はいつもの歯止めが効かずに甘えてくるに違いない。
これこそWin×Winの関係!
互いにメリットしかないぞ、紅葉!?
「は、恥ずかしいですからダメですっ!」
……しかし、そんな魅力的な関係も羞恥によって断られてしまったが。
(まぁ、今すぐどうこうは難しいが……ゆっくりやっていけばいいか)
頬を染めてぺしぺしとお腹を叩いてくる紅葉の頭を撫で、先を歩く。
すると紅葉は「ま、待ってくださいっ!」と言って、小走りで駆け寄り、俺の腕へと抱き着いてきた。
「歩きづらい」
「これは、私を変な道へ誘惑しようとした春斗への罰です」
「互いにメリットしかない道だったんだがなぁ……?」
「それは私の羞恥を考慮してくれてないダメダメさんな道でした」
ぷんすかと、少し不満気な声で口にする紅葉。
そんなに悪いことだったか? と、少し不安になり紅葉の顔を覗き込む―――
「えへへ……」
だれか、俺の心配を取り戻して来てくれ。
「春斗の腕、がっしりしてて安心します……」
「そりゃ、ようござんした」
「ふぇ……幸せです」
「……さいですか」
この世の不幸など知るか馬鹿! とでも言わんばかりに幸せそうな顔。
だらしなく頬は緩み、目元はとろん、と細められている。
動きづらいから離れろ―――なんてことは一切言えない。甘えてほしい俺からすれば、甘えてくれれば多少の負担は大いに目を瞑らざるを得ないから。
それに、さっきから柔らかい感触が二の腕に―――ご馳走になってます。
なんてことを思いながら歩いていると、気が付けば視界の先には俺達の通う高校が。
生徒の数もちらほらと目先に見え始めていて、一日の憂鬱さを実感させられるようだ。
―――そういえば、一つだけ余談。
俺達は基本的に毎日一緒に登校している。
それは変わらない。家から学校までの道のりは、ずっと一緒。
しかし、途中に生徒が見え始めたら……
「おい、紅葉。そろそろ学校に―――」
「おはようございます、春斗さん」
二の腕に伝わる柔らかい感触が突然消失。
そして、視線を後ろに向ければ、学校のカバンを両手に下げてお淑やかな笑みを向けてくる……紅葉の姿があった。
「今日も偶然ですね」
「毎回思うけどすげぇよ、その切り替え」
どうしたらこれまでの話の流れでばったり出くわした感が出せるのか不思議で仕方ない。
「ふふっ、なんのことでしょうか?」
そう言って、わざわざ半歩下がり、さも「今見掛けました」という雰囲気を作ってみせた紅葉は俺の横へと並びだす。
先程まで幸せそうに抱き着いていたはずなのに、今ではお互いの間にスペースができてしまっている。
……ぐすん、悲しい。歩きやすいのが悲しい。
「偶然出会ったことですし、もしよろしけらばご一緒してもよろしいでしょうか?」
「……好きにすれば」
一つ、余談なのだが—――
俺の彼女は、他の生徒が登校している姿を見ると、途端にお淑やかになる。
当事者の俺には、かなり厳しい彼女なりのルールであった。
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