第13話 クールノとの対決

 俺と黒曜の賢者クールノは、学院長室で立ったまま向き合った。薄暗い学院長室には、窓からさす日光のみが明るさをもたらしている。


 誰か無関係な人間が入ってくる心配も、目撃される恐れもない。

 つまり、魔法は使い放題ということだ。


 ただ、この場には二人の少女がいる。一人は従姉のクロエで、意識を失っている。問題はもうひとりで、王家の少女だ。しかも僕の名前を知っている。


 すがるように、期待するように、美しいその少女は僕を見つめている。僕はどきりとした。

 幼かった頃のエミリそっくりだ。金蘭の賢者で、ユーグの恋人で、僕の幼馴染だったエミリ。

 まるで生き写しだ。


 クールノはバカにしたように笑う。


「この子どもは、アウレリア・オルレアン。ユーグとエミリの子孫さ」


 アウレリア、というのは、たしか、僕が転生する前のレノ少年が火事のときに助けようとした王女の名前だったはずだ。


 死んだと聞いていたけれど……。

 大火事なら遺体の損傷も激しい。それでバレないのいいことに、死んだと偽り、クールノが拉致してきたということか。


 クールノは、アウレリア王女を見つめ、そして、拘束を解くと、俺の方へと突き飛ばした。

 アウレリアは「きゃっ」と悲鳴を上げ、僕は彼女を抱きとめた。ふわりと良い匂いがする。まるで十二歳のころの……エミリを抱きしめたように感じる。


 あの頃……もう、エミリはユーグのことが好きだったのだ。


「レノ……助けに来てくれたんですね」


 アウレリアが、顔を赤くして、僕のことをきらきらとした目で見つめる。レノ少年とこの王女の関係はわからない。

 だが、レノ少年にとっては命をかけて助けに行くほど大事な存在だったのかもしれない。


 クールノは笑う。


「エミリ様そっくりだろう。レノ……俺はおまえがエミリ様に劣情をいただいていたことも知っている。そして自分を殺したエミリ様を憎んでいる。そうだろう?」


「何が言いたい?」


「この娘をおまえにくれてやろうか? エミリ様の代わりとして愛でるも良し、エミリ様が憎いあまり嬲るも良し。おまえが俺に跪けば、この娘を好き放題させてやる」


「七賢者が聞いて呆れるね。これじゃ、ただの誘拐だ。四百年後の七賢者は、ここまでレベルが落ちたのか? それにその子は君のものじゃないだろう?」


「この国は……オルレアン王国は、ユーグ陛下とエミリ様、そして俺たち七賢者のものだ。少し昔話をしよう。おまえが転生した後、ユーグ陛下と我々は、国民から影を奪った。それがなぜかわかるか?」


「七賢者が永遠に国を支配するためだろう?」


「もちろん、それもある。新たな魔法、新たな賢者が現れ、俺たち七賢者を打倒するという脅威を除くためだった。だが、もっと深刻な理由がある。そもそもコレットの発明した不死の魔法は、不完全なものだった。他者の命を贖い、魔力を奪い、初めて生きながらえることができる」


「僕の言ったとおり代償があったわけだ」


「そのとおり。この王立学院に集められている生徒は、そのための犠牲さ」


 そして、クールノは、床をとんとんと杖で叩いた。とたんに、ひどい屍臭がする。

 床の一部が開き、その下には多くの生徒の死体があった。


「生徒の中から、魔力の高い人間を選んで殺す。新たな優秀な魔術師の誕生を阻止し、そして七賢者の肉体を維持するための魔力を手に入れる。それが俺に与えられた役割だ」


 僕は黙った。そして、クールノの黒い瞳をじっと見つめる。

 クールノは僕を見つめ返したが、沈黙が続くと、苛立ったようだった。

 

「なにか言えよ、レノ。それとも恐ろしくなったか」


「ああ、恐ろしいさ。僕たち七賢者は魔王から国を救い、人々を助けることをゲクラン先生に誓った。だが、今の君たちがやっていることは、魔王の行いそのものだ。正義の心のかけらも失ったのか」


 クールノの嘲るような表情に、ふっと影が差した。


「俺は、もともと正義の味方なんかじゃない。ゲクラン先生やユーグ陛下、おまえに従っていただけだ。最初から、俺は弱いものを嬲り、辱めるのが大好きな人間なのさ。そもそもおまえたちとは違う」


「クロエやアウレリア王女も、そうやって痛めつけて殺すつもりなのか」


「それがユーグ陛下の命令であり、そして、俺の欲望でもあるからな」


「なら、僕はそれを許すわけにはいかないな」


 僕はぽんとアウレリアの肩を叩く。どきりとした様子でアウレリアが僕を見上げる。

 本当にエミリそっくりだ。僕はこの子を守らないといけない。レノ少年のためにも、自分のためにも。


「殿下、少し離れていてください」


 僕は一歩距離をとり、そして、アウレリアの周りとクロエの周りに防御魔法を展開した。これで戦闘に巻き込まれる心配は低くなる。


 僕は微笑み、クールノに向き合う。

 クールノが杖を振ると、それは黒い刃を持つ剣へと変わった。


「四百年ぶりの決着をつけてやる。この四百年……俺も何もしていなかったわけじゃない」


「四百年経っても、君は僕には勝てないさ」


 緑星の賢者が銀月の賢者に勝てないように。クールノは、その顔を怒りで赤くし、そして、刃を持って斬りかかってきた。


【あとがき】

『やり直し悪役令嬢は、幼い弟(天使)を溺愛します』もよろしくお願いします!

https://kakuyomu.jp/works/16816700425937039189

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