第12話 賢者の再会

 僕は、自分の顔からさあっと血の気が引くのを感じた。クロエが拉致されて危険にさらされている。


 しかも手紙に「緑星の賢者」と書かれているということは……相手は、僕が転生したことを知っている存在だ。


 つまり、七賢者の誰かのはず。早々と僕の存在を知られてしまったわけだ。

 かなりまずい事態だが、それよりクロエが無事か気になる。


 もしクロエが、僕の巻き添えとなって危害が加えられたなら……。後悔してもしきれない。


 短い間とはいえ、クロエは僕を弟のように可愛がってくれた。そして、このまま一緒に生活するはずだった家族だ。


 前世で僕の部下だった聖堂騎士団の団員たちはユーグの手で殺された。だけど、今回はそんなことはさせない。


 もちろん、クロエを見捨てて逃げることもできる。敵の強大さを考えれば、そうした方が良いのかもしれない。


 でも、そんなことはしない。

 必ずクロエを助け出そう。


 目の前のセシルが心配そうに、僕を見つめる。

 セシルも手紙を横から読んだらしい。


「レノくん……これ、脅迫状だよね? クロエが拉致されたってこと? それに緑星の賢者って……」


「セシルは何も心配しなくていいよ」


「え?」


「クロエは僕が助けるから」


 そして、僕はセシルの胸の上に、自分の小さな手を重ねた。温かく、柔らかい感触がする。


 セシルは目を大きく見開き、恥ずかしそうに顔を赤くした


「れ、レノくん……本当に胸を触って……ええと、触っていいって言ったのはあたしだけど……」


 慌てるセシルに、僕は微笑んだ。


「ごめんね、セシル」


 僕はつぶやくと、「眠れドミール」と一言詠唱した。途端に、セシルの体が、ふっと糸が切れたように、力を失い、僕に倒れ込む。

 

 セシルを巻き込むわけにはいかないし、しばらく眠っていてもらおう。

 と思ったのだけれど、僕は今の自分が非力な十二歳の少年なのを忘れていた。セシルの体を支えきれず、僕はセシルに押し倒されるような形で、地面に倒れ込んでしまう。

 

 すやすやとセシルは寝息を立てている。その綺麗な顔がすぐ近くにあってどきりとする。その胸も僕の体に重ねられ、その柔らかい膨らみが押し付けられている。


 僕はうろたえなが、どうにか抜け出して、セシルを引っ張ってベンチへと座らせる。

 ここは学校の中だし、安全だろう。


 僕は学院長室へと向かうことにした。


 クロエは学院長と話し合いに行ったはずで、どうして拉致されたのか……。僕は学院長の顔を思い出し、あっと声をもらした。


 どこかで見たことがあると思ったけれど、あれは黒曜の賢者クールノだ。年齢を重ねているせいですぐにわからなかったけれど、間違いない。


 なら、クールノがクロエを拉致したということになる。


 クールノ以外の七賢者はいるだろうか? 僕は考えて、その可能性を否定した。


 クロエがクールノに連れ去られてからあまり時間は経っていない。感じられる魔力の量からしても、ユーグはいないだろう。


 クールノの性格からして、一人で僕を仕留めて、功績を手にしようとしてもおかしくない。


 七賢者の関係が以前どおりなら、クールノはユーグに評価されようと努めているはずだ。ユーグに認められることが、僕以外の七賢者の最優先課題だった。そうすることで、地位も権力も手に入るのだから。


 僕はいよいよ学院長室の前に来た。

 その重々しい茶色の扉を開けると、その奥、窓際に、学院長……クールノが立っていた。

 

「やあ、来たようだな。レノ」


 クールノは、微笑んだ。

 僕は肩をすくめる。


「僕が逃げるとは思わなかったのか?」


「レノは来ると思っていた。少女を捨てて逃げるような奴なら、ユーグ様に処刑されたりしなかっただろう。……愚かだな」


 そして、クールノは、指で部屋の隅を示した。


 二人の少女が鎖で拘束され、吊るされている。一人はクロエだ。ぐったりとしていて、赤い美しい髪が揺れている。僕は怒りが沸騰しそうになるのをこらえた。

 

 見たところ、気を失っているだけだ。まだ危害も加えられていない。

 

 もうひとりは、ブロンドの髪が美しい少女で、クロエよりも歳下のようだった。十二歳ぐらいのまだ幼い子だ。


 高級な白いドレスを着たその子は、高貴さと気品を感じさせた。だが憔悴し、衰弱している。青い瞳が、虚ろに見開かれている。


「……レノ。助けて……」


 女の子は弱々しく僕の名前を呼んだ。そして、僕は気づいた。

 その女の子の髪に、王家の紋章の髪飾りがついていることに。

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