第11話 脅迫



 この王立学院の生徒が、突然失踪することが続いているとセシルは言う。


 もし本当にそうなら、大問題だ。ここはオルレアン王国でもっとも格式の高い教育機関の一つで、生徒も上流階級の子弟が多い。


 僕はセシルに尋ねてみる。


「家出とかじゃないの?」


「そうならいいんだけど、行方不明なのは、決まって貴族の優秀な子なの。家出をしたりする理由もない子が多いから」


「なるほどね」


 だとすると、事件性があるかもしれないわけだ。

 セシルは肩をすくめて、さみしげに微笑んだ。


「まあ、あたしみたいな平民の落ちこぼれには、関係のないことかもしれないけれどね」


「そんなことないよ。セシルさんも気をつけないと」


「心配してくれているんだ? ありがとう」


 セシルさんはくすっと笑う。そして、まじまじと僕を見つめた。


「やっぱり君って可愛い。今はクロエもいないし……いたずらしちゃおっかな」


「い、いたずら?」


 セシルが目を輝かせて、両手をわざとらしく広げる。抱きしめよう、ということかもしれない。

 そのはずみに、その大きな胸が軽く揺れて、思わず視線がそちらにいく。

 セシルはにやりと笑った。


「さっきも思ったけど、あたしの胸、ずっと見ていたよね」


 き、気づかれていたのか。

 僕は慌てて、頬が熱くなるのを感じた。女性の胸をじろじろと見ていたなんて、嫌われてもおかしくない気がする。

 でも、セシルはそんな僕を、むしろ愛おしそうに見つめ、そっと僕の頬に手を触れた。


「赤くなっちゃって可愛い! そういうのに興味のあるお年頃だものね」


「え、えっと……」


「ちょっと触ってみる?」


 セシルはつんつんと自分の胸を指先でつついてみせた。

 そして、からかうように僕を茶色の瞳で見つめる。セシル美人で、しかもスタイルが良かった。

 美少女という意味ではクロエのほうが美しいけれど、胸の大きさで言えばセシルの方が勝っている。


「レノくん……今、なにか失礼なことを考えたでしょう? 胸だけはクロエよりもセシルの方が大きいとか?」


「そんなこと……考えていません!」


「やっぱり考えていたんだー」


 セシルは面白そうに言い、そして、突然、僕をぎゅっと抱きしめた。

 二度目だけれど、全然慣れない。セシルの胸が僕の頭にあたり、その柔らかい感触が、さっきよりもはっきりと意識される。


「エッチなレノくんには、お仕置きしないと」


 むぎゅうと抱きしめられ、僕はあっぷあっぷとする。非力な十二歳の少年の体では、セシルの腕から逃れられない!

 もちろん魔法を使えば逃げることもできるけど、そんなわけにはいかないし……。それになんだかとても心地よいので、このままでも良いような……。


 いや、ダメだ。


「あ、あの、セシルさん」


「呼び捨てで呼んでくれないとダメだよ?」


「せ、セシル……あの……クロエに怒られちゃうから」


 いつクロエが戻ってきてもおかしくないし、クロエにこんなところを見られたら、怒られる……というかクロエが涙目になってしまう。


 セシルは「そうだね」と言って、微笑むと、意外にも素直に僕から離れた。

 そして、しみじみとした口ぶりでつぶやく。


「クロエはいいなあ。お金持ちの貴族の家に生まれて、魔法の才能もあって、すごく可愛くて、なんでもできて……こんなに良い子の従弟もいて。羨ましい」


「そうかな」


「そうだよ。レノくんも、きっと優秀だから、あたしの気持ちはわからないと思うけどね」


 セシルは視線を床に落とし、そんなことを言った。明るく振る舞っているけれど、セシルは劣等生であることを気にしているんだろう。


 僕は、転生前のことを思い出した。あの頃の僕は、優秀な魔術師だった。それでも、銀月の賢者ユーグには勝てなかった。いつもユーグへの劣等感に悩まされていた。


 そんな僕の過去の思いが、目の前のセシルの気持ちと、少し重なるような気がした。


 でも、そんなことを、セシルに言うわけにはいかない。僕が転生者であることは、秘密にしておかないといけないから。

 代わりに何を言えばいいんだろう?


 僕はおずおずと口を開いた。


「あの……セシル」


「なに?」


「セシルも、明るくて、話しやすくて、素敵だと思うよ。それに……すごく可愛いし」


 僕は恥ずかしいのを我慢して、言ってみた。もしかしたら、こんなことを言ったら変に思われるかもしれないけれど。


 でも、セシルは驚いたように大きく目を見開いて、それから本当に嬉しそうな笑顔を見せた。


「ありがとう。レノくんってホントに良い子だね。やっぱりクロエから奪って弟にしちゃおっかな」


「そ、それは困るかも……」


「なら、あたしをお嫁さんにもらってくれてもいいんだけれど」


 冗談めかして、セシルは言う。僕は慌てて首ををぶんぶんと横に振った。たぶん顔が真っ赤になっている。

 セシルは「可愛いー」と言って、ふたたび僕に抱きつこうとした。


 そのとき、人影が現れた。慌てた様子で、セシルは僕から離れる。


 く、クロエだったらどうしよう……?と思ったけれど、そこにいたのはまったく別の女子生徒だった。

 驚くほど白い顔で、そして、無表情だった。

 小柄な彼女は、真っ白な封筒を僕に差し出した。仰々しい封蝋で閉じられている。


「これ……受け取るようにって」


 セシルが「誰から?」と聞いたが、女子生徒は虚ろな瞳で首を横に振ると、どこかへと立ち去ってしまった。

 明らかに、あの女子生徒は普通の様子ではなかった。

 

 しかも……封筒から強い魔力を感じる。


 僕は封筒を慎重に開け、そして、中身を確認した。

 一枚の便箋に、そっけない文章が書かれていた。


「クロエ・プランタジネットは預かった。正義の味方を気取るなら、緑星の賢者自らが彼女を助けに来い」

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