幕間 黒曜の賢者


 

 四百年。

 それはあまりに長い年月だった。


 王立魔法学院院長クールノは過去を思い、そして、これからのことに思いを馳せた。

 いま、クールノがいるのは、学院の院長室で、深々とした赤い椅子に腰掛け、執務机を目の前にしている。

 だが、オルレアン王国有数の名門校の教育者、というのはクールノの仮の姿に過ぎない。


 クールノの隠された正体は、魔王を討伐した七賢者、その序列第六位である「黒曜の賢者」だった。


 鏡を見て、彼は苦笑いした。

 いまだにクールノは若々しい姿を保っている。


 四百年の歳月を経ているのに、だ。

 三十七歳のときから、彼は歳を取るのを止めた。


 硝子の賢者コレット・ホーエンハイムの生み出した不老不死の魔法。

 そのおかげで、クールノはまだ生きている。


 もともとクールノはユーグやレノと同い年で、大魔法使いデュ・ゲクランのもとで育った。

 仲間のなかではそれほど実力が高いわけではないが、しかし、それでも偉大な魔術師の一人であることに変わらない。


 そして、このオルレアン王国を、他の五人の賢者とともに影から操っている。


 オルレアン王家の永遠の守護者たる七賢者。


 クールノはその地位に満足していた。

 金も女も権力も不自由しない立場だ。


 たとえ、ユーグや他の賢者の下風に立つといえど、なんの不満があろう。


 緑星の賢者レノ・ノワイユは愚かだった。


 彼が本当に裏切りの罪を犯したかどうか、といえば、捏造であろう。が、ユーグ王をして、生かしておけないと思わせてしまったことは確かだ。


 その実力と声望をもって、ユーグと対等に振る舞おうとしたのが、レノの失敗だ。

 ユーグたちの足元に這いつくばり、従順な犬のようになればよかった。


 いまのクールノのように。

 多少は鬱憤がたまることもある。

 しかし、クールノはその解消手段も持ち合わせていた。

 

 彼は部屋の隅に目を走らせた。

 そこには一人の少女が、両手を鎖で吊るされ、拘束されていた。


 金色の髪の美しい少女で、高級な白いドレスを着ている。

 わずか十二歳ながら、輝くような高貴さを身にまとっていた。

 まるで物語に出てくる姫のようだ。


 いや、実際に姫なのだが。

 少女は青色の瞳で鋭くクールノを睨んだ。


「これは何の真似ですか、クールノ卿?」


 クールノは立ち上がり、少女の眼前に進み出ると、うやうやしくひざまずいた。


「王女アウレリア殿下。ご無礼をお許しください」


 目の前の少女は、オルレアン王家の第三王女アウレリア・オルレアンだった。

 すなわち、この娘は賢者ユーグとエミリの子孫だ。


 実際、この少女は金蘭の賢者エミリとそっくりだった。

 金髪碧眼の可憐な容姿。まさに神に愛されたとしか思えない美しさ。


 クールノは湧き上がるような歓喜を感じた。

 いまや、この王女はクールノの所有物だった。


 だが、まだ、この王女は自らの運命を知らない。


「……わたしを誘拐して父上が黙っているわけがありません」


「ご安心ください。すでに殿下は死人なのですから。王家の晩餐会の火事では多くの人が死にました。なんといっても、死体の見分けもつかないぐらいです」


「だから、わたしをさらってもバレないということですね?」


「そのとおり。死体の見つからなかった殿下は、灰となり、死んだものとみなされています」


「わたしを……どうしようというのですか?」


 クールノは、その問いにすぐには答えず、とんとんと床を踏み鳴らした。

 そうすると王女の目の前の床板の一部が外れる。


「床下の穴を覗いてご覧なさい、殿下」


 王女は甲高い悲鳴を上げた。

 床の下には、屍体、いや、かつて屍体だったものが打ち捨てられていた。


 クールノが長い期間をかけて殺してきた生徒たちだ。

 正確な数はクールノ自身も忘れてしまったが、数十人はいるだろう。

 腐敗し、汚臭を放つ物体を見た王女の表情は恐怖に染まっていた。

 

 クールノはそのことに満足する。


「殿下もいずれ、あの肉塊の一つと成り果てます。ですが、その前に、私の玩具となっていただきましょう」


「人殺し!」


 王女アウレリアは凛とした声でクールノを責めた。

 ただ恐怖するだけではなく、毅然とした態度を失わない。

 王女たるもの、そうでなければならない。

 

 クールノは杖を取ると、王女の顔面を強打した。

 アウレリアの顔は苦痛に歪んだが、それでも、その金色の瞳はまっすぐにクールノを見つめていて、その意志の強さを示していた。

 

 これから、クールノはこの少女を痛ぶり、嬲り、そして殺すのだ。

 考えるだけで、クールノは胸が苦しくなるほどの興奮を感じた。


 あのユーグとエミリの子孫を好きにできる。

 

 殺された生徒たちも、みなクールノの退屈を紛らわせる道具となった。

 少年少女たちの性格は様々だったが、みな最後には泣いて命乞いをするようになり、そして死んでいった。


 とはいえ、クールノは快楽のためだけに王女や一部の生徒たちを殺しているのではなかった。

 これはユーグ自らが取り決めた、七賢者の方針なのだ。


「……なぜ、わたしを、そして他の生徒たちを殺すのですか?」


「理由はただ一つ。魔法の才能があったからです」


「魔法の才能?」


「そう。この魔法学院はね、規格外の魔法の才能を持つ者を見つけ、そして秘密裏に始末するために作られたのです」


「どうしてそんなことを……?」


「すべてはオルレアン王国のためですよ」


 クールノはその言葉を最後に部屋を出た。

 王女を痛めつけるのは楽しみだが、同時にもうひとり、始末しなければならない人物がいる。


 あふれるばかりの才気を持ち、将来を期待されている貴族令嬢だ。

 そして、あまりにも優れた魔力をもった少女でもある。


「クロエ・プランタジネット」

 

 クールノは次の獲物の名前をつぶやくと、窓から学院の中庭を見下ろした。

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