第8話 レノ少年と二人の少女
僕は慌てて立ち上がり、次の言葉に困った。
なんて言えばいい?
目の前の男性はレノ少年の父親らしいが、僕は転生先の少年の記憶がない。
幸い、記憶喪失ということになっているけれど。
「ええと、はじめまして?」
僕が言うと、ベルトランは悲しそうにうなずいた。
「記憶をなくしてしまったのは残念だが、いずれ戻るだろう。それに、レノは命も危うい状態だったんだ。助かっただけでも、神に感謝しないといけない」
ベルトランはそうつぶやくと、クロエもそれに同意した。
「ひどい火事だったもの……。王女殿下もお亡くなりになられたし……」
「レノ、君が意識を失ったのは、命を賭して火中に飛び込み、王女殿下を救いに行ったからだ。殿下の命が助からなかったのは悔やまれるが、その勇気は誇って良い。……といっても覚えていないのか」
このレノという少年のことが、僕はわかってきた。
病弱で、おとなしくて、優しい性格。
けれど、幼いながらに他人を救おうとする勇気も持っている。
この屋敷の人達から愛されているわけだ。
ちくり、と僕は胸が痛んだ。
僕が転生したせいで、現在のところ、レノ少年の人格は失われている。
ただ、転生魔法についてはよくわかっていないことも多いが、もともと死ぬ運命の人間だからこそ、僕の転生先に選ばれたとも考えられる。
そうだとすれば罪悪感は多少は軽くなる。
ベルトランは大きく手を広げてみせた。
「さあ、今日の料理は私が腕によりをかけて作った! レノの回復祝いだ」
後からメイドのリィネ、それに家政婦の女性と執事らしき初老の男性がひょこっと顔を出し、なんと三人とも食卓についた。
貴族と使用人が肩を並べて食事をとる。
それがこの時代の流儀なのか、それとも公爵ベルトランの特別な意向なのかはわからないが、四百年前なら考えられなかったことだ。
食卓はにぎやかで、穏やかな雰囲気だった。
テーブルでは、僕の正面にはベルトランがいて、左右にはクロエとリィネがいる。
リィネが僕のほうに身を寄せ、そして、スプーンを僕の口へと近づける。
「ご主人さま、あーん♪」
「それはちょっと恥ずかしいよ……」
「いいんです、いいんです。ほら」
仕方なく、僕はぱくっとリィネの差し出したスプーンをくわえた。
ふふっとリィネは笑い、満足そうに席に戻った。
マナーとか、大丈夫なんだろうか?
案の定、リィネはクロエに怒られていた。
「リィネ、お行儀が悪い!」
「あら、本当はお嬢様も『あーん』したかったんじゃないんですか?」
「っ……! わ、私はそんなはしたないことはしないの!」
クロエが顔を真赤にして言い返す。
そんな様子をベルトランは微笑んで眺めていた。
「レノ、君はなかなかモテるね」
「これ、モテてるんですか?」
「さあ、それは彼女たちに聞いてごらん」
ベルトランは片目をつぶってみせた。
クロエとリィネは僕の肩越しに言い争っていて、ベルトランの言葉を聞いていないようだった。
「さて、レノ。君は半年後にはユーグ記念王立魔法学院の入試を控えている」
「学院、というと大勢の人が勉強するところ……ですか?」
「そのとおり。王国中興の祖であるユーグ一世の名を冠した名門校だよ」
どうやら、ある程度、裕福な家の子弟は十三歳ぐらいになると、みな学校に行くらしい。
四百年前と違って、かなり学校というものが普及しているのだ。
「わたしも受けるんですよ?」
「へえ、リィネも?」
「はい、旦那様のおかげですね。それと、ご主人さまがどうしてもわたしと一緒に学校に行きたいというので、わたしも行かせていただくことにしました♪」
「そうなんだ」
「あ、これは嘘じゃないですからね?」
リィネは嬉しそうに笑った。
レノという少年は、リィネのことを頼りにしていたようだった。
もともと病弱で気弱な少年のようだし、身近にこんな可愛い同い年の少女がいれば、学校でもそばにいてほしいと思うかもしれない。
クロエがつんつんと僕の肩をたたく。
「レノが王立魔法学院を選んだのは、私が通っているからなんだけどね」
「ってことは、僕が入学したら、クロエは先輩ってこと?」
「そうそう。しかも私、生徒会長なの」
クロエが胸に手を当てて、自慢げに言う。
どうやら、クロエはかなり優等生のようだ。
「ということで、今週末に学校を案内するから」
「あっ、それならわたしも……」
「ダメ。リィネはお留守番。こないだ案内してあげたでしょ?」
なんでも学校の雰囲気を知るという名目で、クロエが僕とリィネを魔法学院に招待してくれていたそうだ。
ただ、前回は僕が(というよりレノ少年が)風邪で寝込んでしまい、リィネだけを連れて行くことになったという。
ということで、今度はクロエが僕だけを連れて行くらしい。
「いいなあ、ご主人さまと二人きり」
リィネが頬を膨らませ、クロエはふふっと笑った。
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