第6話 四百年後の時代

 クロエはその後も俺の使った魔法のことを問い詰めようとした。が、公爵家の侍医がやってきて、クロエとリィネの二人を部屋から放り出した。


「病人を疲れさせてはいけませんよ」


 侍医の言葉はもっともなもので、僕もだいぶ助かった。

 転生の影響なのか、それともこの少年が巻き込まれた火事のせいか、体の疲労感がひどいのだ。


 侍医は痩せぎすの若い男で、手際よく診察を終えると部屋から出ていった。

 体にはどこも異常はないらしく、普段どおりの生活を送っていいらしい。

 記憶喪失なのは火事に巻き込まれたショックのためだと思うが、様子を見るしかない、というのが医師の結論だった。


 まあ、さしあたっての僕の活動に支障はない、ということだ。


 さて、この時代のことを知らないといけない。

 僕は本棚の上のほうの本に手をのばした。


 ……背が低くて届かない。

 さすが、12歳の少年。


 僕はとんとんと足を踏み鳴らし「浮遊フゥロットモン」と唱えた。

 床から足が浮き、どうにか目当ての本に手が届く。


 背表紙には金色の文字で『オルレアン王国史Ⅲ ――百年戦争から偽りの革命まで』と書かれている。

 百年戦争、ね。


 目次をざっと見るかぎり、僕らが終わらせた魔王との戦争を、この時代では百年戦争と呼んでいるらしい。


 僕はページをめくった。

 そこには僕らの時代のことが、次のように歴史として記されていた。


 オルレアン王国の国王ユーグ一世は、王国の歴史を見渡しても、二人といない名君である。

 彼はまたの名を銀月の賢者といった。

 仲間の偉大な魔術師<七賢者>とともに魔王を撃ち破り、王国に平和を取り戻した。


 だが、その治世には多くの苦難が待っていた。

 そのなかでも最大の危機の一つが、ノワイユ大公レノ、あるいは緑星の賢者の謀反である。


 本の内容に、僕は息を止めた。

 自分の死という、最も知りたいことが書いてある


 勢い込んで本の文字を目で追う。


 緑星の賢者レノは幼い頃からユーグ王子に大恩を受けていたにも関わらず、自らが王位につこうという野心を抱いた。

 レノは敵である魔族に魂を売り、配下の聖堂騎士団を率いて反乱を計画した。

 だが、ユーグ王は賢明にも事前に危険を察し、レノを暗殺。謀反人の聖堂騎士団の幹部をも処刑して、壊滅に追い込んだ


 僕は暗い気持ちになった。

 ここに書かれていることはでたらめだ。


 だが、僕だけでなく、僕の部下だった聖堂騎士団員たちまで殺されたというのはたぶん事実だろう。

 聖堂騎士団は歴史ある組織で、莫大な財産を持っていたから、ユーグはその財産を接収したに違いない。


 僕はため息をついた。 


 ユーグはなぜ突然、僕を殺そうと思ったのか。

 そして、エミリはどうしてユーグに従ったのか。

 

 あの日の即位式のときは、エミリは僕のことを「大事な仲間」と言ってくれた。

 本心を隠すのが苦手なエミリのことだ。あのときの言葉に嘘はなかっただろう。


 だとすれば、あの日の夜までに、ユーグに説得され、僕の殺害に同意したということか。

 エミリは僕を殺すとき泣いていた。


 けれど、ユーグのそばにいることのほうが、幼馴染の命より大事だったということだろう。


 ともかく、緑星の賢者レノについての記述はそこで終わりではなかった。

 レノはユーグ王を裏切ったのみならず、オルレアン王国のすべての民を裏切った。


 彼は人々から「影」を奪い、それを魔族へと引き渡した。

 そして、レノは魔族を味方としたが、謀反に失敗。


 ただ、オルレアンの民は、魔法の源である影を失った。

 陽の光のもとでも、人々の背中にには影が浮かぶことはなくなったのだ。


 この時代では僕はオルレアンの魔法を衰退させた大罪人ということになる。

 が、もちろん、僕はそんなことをしていない。

 

 では誰が行ったのか?

 おそらく、七賢者だ。


 国民が影を失えば、強力な魔法を使えるのは、七賢者のみとなる。

 不死の存在となった七賢者は、未来永劫、オルレアンを支配できるだろう。


 ただし、歴史書では、ユーグたちは惜しまれつつ世を去ったと書かれていた。

 これはどう考えればいいのか。


 ユーグたちが不死の魔法を使うことを何らかの理由でやめたとも考えられる。

 だが、よりありそうなのは、姿を隠して陰から王国を操っているということだ。

 いくら英雄とはいえ、永遠に年を取らない存在を、人々は不気味に思うだろうから、その選択は妥当だ。


 今もオルレアンの王はユーグの子孫が務めている。

 半世紀前に王家打倒の陰謀があったが、それもあえなく潰された。


 興味深いことは、プランタジネット公爵家もユーグの子孫だということだ。

 ユーグとその愛人の修道女のあいだに生まれた私生児が、プランタジネット公爵の祖なのだ。

 皮肉にも、今の僕はユーグの子孫らしい。


 エミリという王妃がいながら、ユーグにはかなりの数の妾がいたそうだ。

 まあ、王家には珍しいことではないのかもしれないが、僕は複雑な気持ちになった。


 僕は自分の胸に手を当てた。


 エミリの剣が僕の胸を貫き、そして僕を死なせた。


 考えるだけで、苦しい気持ちになる

 エミリは幼馴染で、大事な仲間で、初恋の相手だった。


 そのエミリは僕ではなくユーグを選び、僕を殺した。

 魔王の討伐と新王即位の協力の報いがこれだ。


 自分のこめかみをとんとんと叩く。

 考えても仕方がない。


 もしユーグやエミリ、そして七賢者が、オルレアンの支配者であり続けているなら、今は僕の敵だ。

 七賢者も、転生した僕を放置したりはしないだろう。

 転生魔法が使えるのは一度きりだから、七賢者は今度こそ僕を完全に始末しようとするはずだ。


 僕はユーグを超える力を手にして、すべての七賢者を倒さなければならない。

 そして、平和で穏やかな生活を手に入れるのだ。


 僕は窓を開け放った。

 窓の外はもう真っ暗で、夜空には無数の星が輝いていた。


☆あとがき☆

面白い、読んでやってもいいよ、という方は

ぜひ


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