一章 転生しました

第4話 メイドのリィネの告白

「……様……ご主人様?」


 小さな、けれど綺麗な声が聞こえた。

 まだ幼い少女の声だ。


 目を開くと、知らない天井に出迎えられた。

 どうやらベッドの上に倒れていたらしい。


 僕は起き上がろうとして、突然、激しい頭痛に襲われた。


 何があった?

 ユーグ、そしてエミリたち七賢者に俺は殺されかけた。


 いや、実際に殺されたはずだ。

 そして、僕は転生魔法を使った。


 ということは、ここは未来で、僕は転生した姿でここにいるはずだ。

 そこまで考えたとき、一人の少女が視界に入った。


 半袖のワンピースに白いエプロンのようなものをつけていて、淡い色の髪に青いリボンをつけている。

 色素の薄い瞳が、心配そうに僕を見つめていた。


 見た目からして11、12歳ぐらいで、おそらく使用人の少女なのだろう。


「あの……大丈夫ですか?」


「大丈夫って、何が?」


 声を出して、自分の声の高さに驚いた。

 近くにあった鏡を見ると、そこには貴族の少年がいた。


 上等に仕立てられた赤い服は最高級品であることが見て取れたし、おそろしく丁寧に作り込まれていた。

 そして、服の右胸には獅子の紋章が縫い付けられている。獅子は金冠をかぶっていて、公爵の爵位を持つ家の生まれであることを示していた。


 なにより驚いたのは、その少年が色白の美しい少年だったということだ。

 年齢は少女と同じで十歳そこそこだが、幼い顔立ちには気品があり、燃えるような赤い髪はつやつやとした光沢を誇っている。

 鏡のなかでは、輝くような金色の瞳が僕を見つめ返していた。


 しばらく僕は呆然としていたが、理解した。


 どうやら、この鏡の中の少年が僕ということらしい。

 転生魔法は成功だ。

 赤ん坊からやり直しかと思っていたが、実際には10歳ぐらいの少年だったので、ちょっと安心する。

 さすがに十八歳の男がはいはいからやり直しというのは精神的にきついものがある。


 少女はほっとため息をつき、そして微笑んだ。


「め、目を覚まされて安心しました。ずっと眠っていらっしゃいましたから……」


「ずっと?」


「はい。王家の晩餐会で火事に巻き込まれて、一週間も目を覚まさなかったんです」


 なるほど。

 とりあえず、今もオルレアンの王家は健在らしい。

 そして、この家は晩餐会に呼ばれるほどには王家と近しい立場なのだ。


 転生前のこの少年は火事に巻き込まれたというが、目立った外傷はない。煙にまかれて意識を失っていたということだろう。


 そして、やっと気がついたわけだ。

 僕は少し考えた。


「今は教会暦で何年何月?」


「え……? 1852年7月ですけど、それがどうかされたんですか?」


 僕は天を仰いだ。

 ユーグが王となり、僕が殺されたのが1429年。

 約400年後ということか。


 思ったよりも、先の時代に飛ばされてしまったらしい。

 外の世界がどうなっているか気になるところだ。


 ユーグは不死の魔法を用い、王国と世界を永遠に支配すると言っていた。

 それなら、たとえ400年後の未来だろうと、ユーグが王の座にいてもおかしくはない。


 だが、まず知らないといけないのは自分のことだ。


「君の名前は?」


「? わたしですか? リィネです。ご主人さまなら、嫌というほど知っていると思うのですけど……」


 そこまで言って、はっとリィネは口を押さえた。

 その仕草はどことなく品があって、愛らしかった。


「ま、まさか記憶を失っていらっしゃる……?」


「どうも、そうみたいだ」


 僕はしれっと嘘をついた。

 都合よく火事に巻き込まれた後ということで、記憶喪失ということにしておくのが便利そうだ。

 転生先の少年の記憶がないというのも事実ではある。


 ふむ、とリィネは腕を組み、考え込む様子を見せた。

 いかにも子どもが大人っぽい仕草を真似しているという感じで、僕は微笑ましくなった。


「記憶喪失……そうですか。それでは、まず、ご主人さまとわたしの関係を説明しなければいけませんね」


 僕は貴族で、リィネはそのメイドだと思ったのだけれど、違うのだろうか?


「たしかに僕も自分が何者なのかは気になるな」


「ご主人さまはプランタジネット公爵の次男、レノ・プランタジネット様。御年は12歳」


 レノ、という名前を聞いて僕は驚いた。

 なんてことだ。


 前世と同じ名前らしい。

 まあ、レノというのは平凡な名前で、貴族も平民でもごろごろ転がっているから、おかしくはないのだが。


 プランタジネット公爵というのは聞いたことのない爵位だ。

 といっても400年も経てば新しい爵位も多くできていることだろう。


「そして、わたしはご主人さまの専属メイドのリィネ。ご主人さまと同い年で、そして将来を誓い合った仲なのです」


「へ?」


 間の抜けた声を上げる僕に、リィネは胸を張って、うなずいてみせた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る