第3話 転生する賢者

 ユーグは仲間である僕を殺そうとしているらしい。

 僕の非難に対し、ユーグは独り言のようにつぶやいた。


「仲間、ね。レノはもともと傲慢だった。賢しらに俺の意見に反対し、事あるごとに賢者第二位として俺に次ぐ実力を誇ってみせ、仲間であることを強調する。だが、王は俺だけだ。二番目なんて必要ない」


 ユーグの腕が、赤く輝き始めた。

 それと同時に、序列第六位の「黒曜の賢者」クールノが走り出し、僕に黒い刃を向けた。


「おとなしく殺されろ、レノ」


 クールノは僕に向かって剣を振り下ろした。


 クールノは賢者でありながら、近接戦闘を得意とする。

 その剣が振るわれれば、練達の剣士といえども、無事では済まない。


 だが、僕は違う。


「君に殺されるほど、僕は弱くはないさ」


 僕はとっさに魔法を行使し、自らの影から輝く長剣を生み出した。

 それを一閃させると、クールノ剣はあっけなく折れ、役に立たなくなった。


 舌打ちするクールノを僕は追撃しようとしたが、他の賢者たちの五月雨のような激しい魔法攻撃に遮られた。


 クールノ一人であれば、僕の敵ではない。


 だが、実際には状況は絶望的だ。


 僕の力量は第三位以下の賢者を上回るが、まとめてかかってこられては流石に敵わない。

 そのうえ、ユーグがいる。


 ユーグとの模擬戦闘は、僕の56勝327敗。

 しかも、最近では負け続きだ。


 勝てる要素が見当たらない。

 なら、逃げるしかない。


 だが、どこへ?

 この王国はユーグたち七賢者の支配下にある。


 いずれにせよ、ここで殺されるわけにはいかない。

 僕は茶髪の少女に狙いを定めた。


 相手は硝子の賢者コレットだ。

 不死の魔法を生み出したように理論にこそ優れているが、魔法戦闘の実力は仲間内で最も低い。


 僕は自らの影を見つめた。

 魔力の源にして、本当の自己を示す存在。


 それが影だ。

 やがて影が立ち上がり、薄い緑色の光を帯び始めた。


 ユーグの手から無数の光が放たれる。

 まともに受け止める実力は、僕にはない。


 僕は身を翻してかわし、同時に緑色の光る人形にコレットを襲わせた。

 ユーグたちがコレットをかばうように進み出るが、そこに隙ができる。


炎火フラム!」


 僕は影から炎を取り出して、周りに展開した。

 七賢者といえども、この炎の壁を突破ことは容易にはできない。


 そして僕は逃げ出した。

 ここから王宮を脱出するまでに、すでにユーグは警備を敷いているだろう。


 だが、単なる衛兵であれば、僕の敵ではない。

 たとえ相手を殺してしまうことになっても、自分の命を守ることが優先だ。


 僕はそう自分に言い聞かせて、鏡の間を出ようとした。

 案の定、入り口には人影がいて、僕はそれを魔法で薙ぎ払おうとした。


 だが、できなかった。

 目の前にいたのはエミリだったからだ。


 そうだ。

 エミリは短距離とはいえ、転移魔法が使えた。


 僕は一瞬ひるみ、すぐに攻撃に移ることができなかった。

 諦めたつもりでも、僕はエミリに好意を持っていたからだ。


 そして、その一瞬のためらいが命取りとなった。


「ごめんなさい、レノ」


 エミリがぽろぽろと涙をこぼし、綺麗な声で僕の名をつぶやいた。

 気づくと、僕の胸には深々と短剣が突き立てられていた。


 肺をやられ、僕は血を吐き、その場に崩れ落ちた。


 致命傷だ。

 エミリが僕を殺したのだ。


 仲間だと思っていた。

 一緒に魔王を倒し、困難をともにした。

 これから理想の王国を作っていくことができるはずだった。


 僕は他の七賢者に裏切られ、命を落とそうとしている。

 鏡には血の気を失った僕の顔と、冷たいユーグの顔が移っていた。


 もうすぐ僕は死ぬ。

 けれど、このままでは終わらせない。


 ユーグに勝てなかったことも、エミリを奪われたことも仕方のないことだ。

 最強の賢者の名誉も、魔王討伐の栄光も、ユーグが手に入れるのも当然だ。

 

 僕は二番目の賢者でしかなかったのだから。

 

 だが、こんなふうに殺されていい理由はない。

 ユーグたちの心変わりの理由を知り、そして、復讐しなければならない。

 

 僕は最後の力を振り絞り、自らの影に手を触れた。

 不死の魔法をコレットが見つけたというが、ある意味ではそれに近い魔法をすでに僕らは見つけていた。


 転生魔法。

 今の体を捨てて、未来に別の人物として生まれ変わる。


 ただ、どんな副作用が起きるかもわからないし、どれぐらい先の時代にどんな人物に生まれるかもわからない。

 しかも使えるのは一度切り。


 こんな魔法、すぐに使う機会はないだろうと思っていた

 僕は七賢者の一人として、王国で栄誉ある道を歩むはずだったのだから。


 けれど、今の僕はこの魔法にすがるしかなくなっている。

 ユーグが顔色を変えて、僕に止めを刺そうとした。

 

 僕が何かしようとしていることに気づいたんだろう。

 だが、遅かった。


転生レズュレクシオン


 詠唱ととともに、僕と僕の影はまばゆいばかりの光に包まれる。

 広間の鏡が光を反射し、視界が白く染まる。


 そして、僕の意識は暗転した。


 二番目にしかなれなかった僕だけれど、転生すれば、僕の影も生まれ変わる。

 そうなったとき、僕はユーグを超える賢者になれるだろうか?

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