第2話 粛清
ユーグに呼び出されたのは、その日の夜だった。
王宮の奥深く、「鏡の間」と呼ばれる広間だ。
装飾の限りを尽くした大きな窓が複数あり、その間には無数の鏡が散りばめられている。
天井にまで高価な鏡が使われていて、黄金のシャンデリアが周囲を照らしていた。
聖堂騎士団の女騎士が、僕の従者としてついてきていたが、彼女はとても緊張しているようだった。
いかなる大貴族といえども、鏡の間には容易に入れない。
王族と、信頼を得た少数の臣下のみが立ち入る特権を得ることができる。
僕は王国にとって特別な存在なのだ。
玉座に座るユーグを見て、そして、鏡に映る自分の姿を見る。
ユーグと比べると、自分の容姿は平凡だ。
背はそこそこ高くて、顔も我ながら悪くないほうだとは思うのだけれど、ユーグのような華やかさはまったくない。
そして、ユーグには周りを魅了する独特の雰囲気があった。
高貴な者特有のオーラのようなものだろうか。
「よく来てくれたな、レノ」
ユーグは明るい笑みを浮かべた。
この笑顔がエミリの心をつかんだのだろう。
納得してしまうぐらい、ユーグの表情は魅力的だった。
「国王陛下のお呼び出しとあらば、参上しないわけにもいかないさ」
「ははっ、それもそうか。俺は国王で、レノは名誉ある聖堂騎士団長というわけだ」
ユーグは立ち上がると、僕に近寄り、親しげに手を握った。
「ここまで来れたのも、レノたちの協力あってこそだ」
協力。
そう。
僕たちはあくまで協力者だ。
魔王討伐の主役はユーグだった。
言ってみれば、僕はユーグの物語の脇役に過ぎないということだろう。
ユーグはぐるぐるとあたりを歩き始めた。
「ゲクラン先生に見ていただくことができないのだけが残念だな」
「先生が亡くなってから二年か」
「せめて魔王討伐の報告だけはしたかったよ」
ユーグは感極まったように目元をぬぐった。
その目にはうっすら涙が浮かんでいる。
僕たちを導いてくれた偉大な魔法使いは、病で亡くなった。
これから僕たちの指導者となるのは、賢者第一位にして国王のユーグだ。
「人は死ぬものさ、ユーグ」
「そう。それは普遍の真理だ。ただ、例外もある」
「例外? 不老不死の魔法でも使えるようになったのか」
僕は冗談めかして言ったが、ユーグは笑わなかった。
「そう。そのとおりなんだよ。コレットがとうとう見つけ出した」
コレットも七賢者の一人で、僕たちの仲間だ。
魔法理論にとても詳しい少女だが、しかし、いつのまに不老不死の魔法という究極の魔法を完成させていたのか。
僕がユーグに問おうとしたとき、五人の人影が現れた。
七賢者の残りの五人だ。
そのなかにはエミリも含まれている。
なぜかエミリは大きな瞳を伏せ、泣き出しそうな表情をしていた。
「オルレアン王国には永遠の平和がもたらされる。世界が終わるその日まで、俺たち七賢者がこの国を治めるからだ」
ユーグは自信たっぷりと言い切った。
その目は爛々と輝いていて不気味だった。
「つまり、僕たちが不死の身となるということか」
「そうだ。魔王を討伐した英雄。魔法を極めた賢者。永遠の支配者として、俺たちほど素晴らしい人間はいない。オルレアン王国だけじゃない。大陸のすべての国、いや全世界はやがて俺たちの手のなかに落ちる」
熱っぽく語るユーグを、僕は驚いて見つめた。
王となって、急に権力欲にでもとりつかれたのか。
「ユーグ、僕は賛成できないな。不老不死の魔法に代償がないわけがない。それに、今は王国の復興を急ぐべきときだ。そんな未来のことを考えるべきじゃないだろう」
「レノは俺に意見するのか」
「どういう意味だ?」
「レノは俺の臣下だ。そのことを忘れてもらっては困るね。いつまでも対等なつもりでいるなよ。その口調も改めろ」
「もちろん。公式の場では慎むさ。だが、身分を気にせず対等に話していいと言ったのは、ユーグじゃないか」
幼い頃、王子のユーグにみな遠慮していた。
本来であれば、全員がユーグの臣下なのだから、当然だ。
けれど、ユーグはそんな気を使わなくていいと言ってくれた。
俺は王子である前に、みなと同じ魔術師で、仲間なんだ、と。
だが、今のユーグは全く違うことを口にしている。
「俺は王になった。昔とは違う」
「なるほど、国王陛下とはご立派なことだ。だが、ここまで一緒にやってきた仲間を急に道具扱いするのか? 誰のおかげ魔王を倒せたと思っている?」
「レノ。さっきも言ったが、俺は君の協力に感謝している。君の力は抜群だった。この僕を除けば、君の功績は最も大きいものだ。だから、迷ってはいたのさ。結論を出すのは苦しいことだった。だが、やはり……」
何の話だ?
迷っていた? 結論を出す?
僕が戸惑っていると、急にユーグは僕を振り返った。
「レノはもういらないんだよ」
次の瞬間、ユーグと五人の賢者は一斉に僕に向けて手をかざした。
それぞれの賢者が、六色に輝く光を放つ。
僕は跳ね跳んで、身をかわした。
七賢者は僕めがけて、魔法を撃った。
しかも、おそらく殺す気で。
僕は六人の顔を眺めた。
ある者は愉快そうに、ある者は無表情に、ある者は悲痛な顔で僕を見つめている。
ただ、全員に共通するのは、僕を裏切ったということだ。
「これはどういうことだ、ユーグ?」
「緑星の賢者レノはここで死ぬ。魔族に魂を売り、王国を裏切った異端として、君は処刑されるんだ」
「言いがかりだ……裏切り者はそっちだろう」
「確かな証拠がある」
「そんな証拠は犬にでも食わせてしまえ! でっち上げで仲間を殺そうというのか!?」」
僕は二撃目に備え、ユーグも僕を睨みつけた。
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