第3話 紡ぐもの


蝶々が飛んでいた。花の周りを自由に飛ぶ蝶々を見て、自分とは違うことを感じた。何も考えず、自由気ままに空を飛べたらどれだけ幸せなんだろう。行きたい所へ行き、少し疲れてしまったら花の上で羽根を休めればいい。終わりゆく命まで自由を求めて飛んでみたい。蝶々を眺めながらそんなことを思う。


私の世界は狭い。


17歳の春、私は自分から逃げるようになった

自分の存在に嫌気がさした。何処にいても自分は濁った存在だと認識してしまった。在り来りな日々に私は幸せを感じることが出来ず

時に流されるまま、私は生きていた。思春期に訪れる絶望感とは違った。虚無感とも言いづらい。自分の存在の認識なんか、自分でするのすら億劫なものだ。

同年代のあの子は美人だ。あの子は可愛い。友達と話したり、遊んだり。電話したり恋をしてみたり。片想いの人と川辺で黄昏てみたり。将来への期待と不安を胸に努力してみたり。私にはどれも出来そうになかった。周りの人みたいな人生を歩めたらきっと幸せなんだろう。それが出来たらこんな思いはない。


図書室が好きだ。高校生にもなると図書室で本を読む人が少ない。静寂と孤独さが詰まった部屋は私の居場所だった。今日も人が少ない。それに安心すら覚えてしまう。私は適当に本を手に取り、隅っこの床に座り本を読み始めた。

本の内容は病気で亡くなる女の子と、その女の子に恋をする男の子を描く物語だった。主人公の女の子は難病で長くは生きられないらしい。死ぬのが怖いと男の子に言い、男の子は女の子の為に色んな景色を見せに行く。どこにでもある恋愛小説だ。

ドラマチックに人が死ぬストーリーは売れる。感情を揺さぶるには恋と死を描くのが当たり前になった現代に、儚さを覚えた。

静寂と孤独さと私の中の濁りが物語に美しさを生み出す。泣ける物語ナンバーワンと書いてあったが、私は泣くことは疎かこんな物語はリアルにはないと心の中で呟いた。

「死ぬのが怖いなら生きることはなんなのか」

私は心の中で思ってることを小さく呟いてしまった。人がいないのが救いだと安堵した。


どのくらい時間が経ったか覚えていない。みんなが真面目に授業を受けているのに私は図書室で本を読んでいる。素行が悪いと先生に思われてるのかもしれない。いや、先生には私のことなんて興味が無いか。

一度だけ、先生に人生相談をしたことがある。この先、私はどうすればいいのか。先生は言った。

「自分の人生は自分のものだ。やりたいことをすればいい」と。

そんなことは知っている。そんな応えが欲しいと思っていなかった。それ以来私は、先生と話すことはしなかった。

私が図書室に通うのはそれが理由だったのかもしれない。


自分の人生の価値を見つけられない私は箱の中で閉じこもる。


気づけば夕方になっていた。他の人は帰ったり部活に専念していた。私はいつ帰ろうか悩み読み終わった本を戻す。明日も此処に来るだろう。次読む本を探す。明日はこれを読もう。

私は本の題名と場所を覚え図書室を出ようとする。


「失礼しました」と心の中で呟いた。


・・・。


私の帰り道には桜が咲いていた。桜の下には座るところがあり、散歩をしてる人、運動をしてる人、黄昏ている人。何かに悩んでる人が集まっていた。皆が何を考えてるかなんて誰にも分かりはしない。そんな時間だった

少し暑い風が桜を揺らす。私は桜の下のベンチに座り、花の隙間から茜色を覗いた。空はなんて自由なんだろうか。縛られることもなく、気ままに流れる雲を乗せて廻る。少しだけ空に憧れと夢を持っていた。

「夜明けを告げる朝に夕焼けが見えたらな」

そんな奇跡みたいなことを夢見る私は馬鹿なのかもしれない。ありえないことだ。自分で思って笑った。空を見ながら。恋焦がれるように。

声に出したつもりはなかった。誰も聞いてないと思っていた。


「それって凄く素敵だね。俺も見てみたい」


耳に届いたその声を、私は覚えている。心地よい音は、私の心まで響き惹き寄せた。

きっと神様も予想は出来なかったと思う。運命とか、未来とか。そういう言葉じゃ説明が付けられない。 描き終わった恋愛小説でもない。ドラマチックに始まる恋でもない。名前も無ければ、思い出もない。そんな出会いが私を呼んでいた。これが偶然だと世界は言うだろうけど、私も彼もそれは違うと思っていたと思う。


ただ 此処に居て、ただ そこに居ただけの話だ。それだけの話。


空と時が紡ぐ何かを見つける私と彼。そこにはきっと届かない想いがあった。


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