模倣小説

@john

模倣

 メロスは激怒した。

 ある朝、メロスが気がかりな夢から目覚めたとき、自分が地面の上で一匹のグータラな猫に変わってしまっているのに気がついた。


「我が輩は猫である」


 怒りをしずめながら、ぽつりと呟いたが、返ってくるのは、くぐもった反響音であった。

 メロスが目覚めたのはトンネルのようだった。

 猫の躯体を慣れないながらも動かして、あたりを見て回ったところ、ただただ暗く細長い空間が広がっているだけだった。

 檸檬が欲しくなるような、えたいの知れない不吉な塊がメロスの心を始終圧おさえつけている。


 メロスは決断できない時にするおまじないを始めることにした。


 「ね、なぜ旅に出るの?」

 「苦しいからさ」


 メロスにはこの一連の一人会話をすることで心が落ち着く性質であった。昔、読んだ小説の書き出しであったと思う。異国で書かれた小説であったが、どこかその本全体に親近感を抱かずにはいられなかった。他人事ではないように感じたのだ。

 それからというもの、メロスは動けなくなってしまった時は、その本の書き出しを口に出すことで自らを突き動かす原動力としていた。

 

 メロスは走りだした。たとえ先が見えなくても止まることはなかった。


 六日間はただひたすら走り続けた。天地創造の神のごとき忙しさであった。

 七日目になるとメロスは休んだ。


 八日目は走るのをやめて、歩くことにした。

 

 しばらく歩くと出口の光が見えた。

 メロスはたちまち駆け出した。

 一歩、二歩、三歩、四歩…。

 うさぎのようなステップでトンネルを抜けると雪国であった。


 …………ブウウ――――――ンンン――――――ンンンン………………。


 雪が吹雪いている。

 メロスは頭の中で何が切れるような音がした。

 もう歩けない。

 限界の近づいた肉体、さらに絶望的な状況に、精神もすっぱりと切れてしまった。

 メロスは死んだ。

 吹雪舞う雪国のある日の暮方の事である。


 『トンネル篇』完


 ◯


 メロスは激怒した。

 ひとのいのちの道のなかばで、正しい道をふみまよい、はたと気づくと 闇黒の森の中だった。


 『地獄篇』開始

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