転生守銭奴女と卑屈貴族男のお忍び旅行事情 10

 散々ディルミックと市場を回って、夜。もう、後は寝るだけだというのに、なんだか寝付けなくて、わたしは二階のハーフバルコニーへと足を運んでいた。興奮していつもの時間に眠れないとか、本当に子供みたいだ。

 この年齢で落ち着きがないのはどうなんだろう、と思う反面、ここまで来てもこの性格ならば、一生直らない気がする。


 わたしは、ハーフバルコニーの手すりに体重を預け、外を眺める。

 貴族の別宅だからか、凄く景色がいい。街並みの奥に見える海には月光が反射していて、とても幻想的である。空が晴れ渡っているし、もう少しして、街の明かりも消え始めたら、星空がより綺麗に見えるかもしれない。


「――……寒くないのか?」


 どのくらい、ぼけーっと海を見ていたのか分からないが、ふと気が付くと、隣にディルミックが立っていた。わたしは明日、特にやることがないから夜更かししたって大丈夫だけれど、仕事があるディルミックは大丈夫なのだろうか。


「全然寒くないです、大丈夫ですよ」


 どちらかというと寒がりなディルミックと違って、わたしは結構寒いのが得意だったりする。健康体で平熱が高い方だ。

 元より、医者にかかって無駄な出費をしないように健康には気を使っていたが、ディルミックに嫁いでからは、わたしが気を使わなくとも、バランスの取れた食事が提供されるので、自然と健康な体は引き継がれている。


 わたしよりやや厚着のディルミックを、横目でちらりと見る。月の光に照らされる彼は、そりゃあもう美しかったが――なんだか、何かを言いたそうな表情をしている。言うか言うまいか、迷っている顔。


「その――……」


 何か用ですか、と、ディルミックが言いたいことを言葉にしやすいように、わたしが声をかける前に、ディルミックが口を開いた。


「――君の不安を、僕は否定できているだろうか?」


「……え?」


 考えても見なかった言葉に、わたしは思わず、小さく声を漏らした。


「昼間は、懐かしさに笑ってしまったが……。よくよく考えたら、あれから、君がそういう話をしないものだから」


「……」


 わたしがわたしを信用できなくても、わたしを認めるディルミックのことは信じられる。


 遥か昔のわたしが言ったこと。


 わたしが不安になったら、そのときは否定してほしい。

 わたしのその願いが、直接的に叶えられることはなくて。


 ……でも、そりゃあ、だって……。


「そもそも、不安になんて、なってないです」


 あれから、毎日いろいろ大変なことがあって、それでもディルミックと乗り越えて。そこからは子供ができて、その成長を見守るだけで目まぐるしくて。

 でも、それが全部、きらきら輝いていたから。

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