転生守銭奴女と卑屈貴族男のお忍び旅行事情 01
秋の終わりが近づく、今の頃。それは、既婚のマルルセーヌ人にとって、少しばかり――いや、だいぶ大変な時期なのである。
「……君が茶を断るなんて、珍しいな?」
秋晴れが綺麗な昼下がり。部屋で勉強をしているとき、「仕事が一息ついたから、一緒にお茶を飲まないか」というディルミックに誘われたが、苦渋の決断で断ると、そんなことを言われた。
わたしだって、本当なら断りたくない。子供ができて、二人きりの時間が減りつつある今、せっかくの誘いなのに。子供たちがちゃんと昼寝をしていて、ディルミックの仕事の手も止まっているタイミングなんて、なかなかないのに。
でも、今だけは駄目なのである……!
「今日というか、しばらくは禁茶期間なので……」
「禁茶……?」
ディルミックがいぶかし気にわたしの言葉を繰り返した。まあ、禁酒や禁煙なんかはよく聞く言葉かもしれないが、禁茶なんてワードは、普通に生活していたらそうそう聞くものでもないだろう。
「結婚したマルルセーヌ人は……今の時期、お茶を飲んじゃ駄目なんですよ」
体質的や法律的な問題ではなく、そういう文化というか、風習というか、強制的なものではないので、飲もうと思えば飲めるんだけど……縁起が悪いのだ。
遥か昔。没落したとある貴族が、夫婦茶器を抱えたまま亡くなったことから、その言い伝えは始まる。
その貴族が後生大事にしていたという夫婦茶器は、当然高値で売れる。そりゃあ、貴族御用達だもの。他人の夫婦茶器だから、茶器本来の使い道ではなく、鑑賞物としての価値も十分に高い。
いろんな商会やコレクターの元を転々とすることになったらしいが――しかし、その茶器を手に入れた者は、ことごとく不幸に見舞われるようになり、貴族が大切にしていた夫婦茶器は、呪いの夫婦茶器となってしまったのである。
ある時、呪いが怖くなった商人が、その茶器を割って捨てようとしたらしい。すると、見事に呪いが広まり、商人の周辺で生活していた夫婦茶器を使用している夫婦が、一組、また一組と、死んでいく。
その呪いの夫婦茶器が割られたのがちょうどいまくらいの時期で――。
「だから、今の季節に茶を飲んでいる夫婦は、その貴族に目を付けられ、呪い殺されてしまう……という伝承が残っているんです」
まあ、正直わたしはそこまでこの話を信じているわけじゃないけど。わたしじゃなくても、この話を信じていなくて、普通にいつでもお茶を飲む夫婦は今の時代、少なくない。
そもそも、貴族の呪いが国境を越えられるかも知らないし。
でも、万が一、といういことを考えたら、なんとなく、飲む気にはならなくて。
「……そんな貴族がいたのか?」
少しばかり、疑わしそうな目で、ディルミックはわたしを見る。わたしの話を頭から信じていないわけではないようだけど、ちょっと思うところがあるようだ。わたしとしては、平民から見た昔の貴族なんて、ほとんど空想上の生物と変わらないようなものだけど、同じ貴族としては違和感があるのかな。
「君を――君たちマルルセーヌ人を見ていると、何組もの夫婦を呪い殺すような苛烈な性格になるとは思えないんだが」
……そっち?
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