転生守銭奴女と卑屈貴族男の本館事情 17

 わたしがそう言うと、部屋の中はシンと静まり返った。王子だけが、余裕そうにお茶へ手をつけている。お義母様の反応にドキドキしているのは、わたしや、本館のメイドだけだろう。王子もここにいる以上、他人事、というわけではないだろうけど、わたしたちよりは緊張の度合いが違うように見える。あえて余裕ぶっている、というのならば話はまた別だが。


 下手に誤魔化して回りくどい言い方をするよりは、単刀直入に言った方がいいだろう、とハッキリ言ったけれど、失敗だっただろうか。お義母様の反応がない。

 でも、わたしにとって、ディルミックと結婚したという事実は、恥ずべきことでもなんでもない。もちろん、伝える相手が相手だから、言い方ってものがあるとは分かっているけれど。


「――嘘。うそ、うそ、うそよ。そんなこと、あるわけない……うそ……」


 信じられない、とばかりに、お義母様は「嘘」と言葉を重ねる。一瞬にして、貴族としての仮面が剥がれたようで、震える手でお義母様自身の肩を抱きながら。


「嘘じゃありません。本当に、わたしは――」


 途中まで言って、お義母様がこちらの言葉を全く聞いていないことに気が付いた。信じられないのか、信じたくないのか、「嘘」とぼそぼそ呟きながら、目線を落としたままだ。

 でも――。


「嘘ではない。彼女は間違いなく、ディルミックの妻だよ」


 ――王子がきっぱり言うと、お義母様の目線が、王子へと向く。口元も止まっていた。表情こそ、信じられない、という感情を隠しもしていないが、言葉だけは届いたようだ。

 ……本当に、王子に立ち合いを頼んで正解だった。わたしの言葉は、簡単にお義母様に届かなくなる。


「結婚式まで挙げている。式の立会人は私だ。彼女の指を見てみるといい」


 王子がそう言うと、お義母様がわたしの方を見る。わたしはすかさず、「しました!」と肯定の言葉を投げ、結婚指輪が見やすいように、指輪をつけている方の手の甲をお義母様に見せた。


 王子の言葉が信用に足らない、というわけではないだろうが、ディルミックが結婚式を挙げた、というのがよほど衝撃的だったのか、お義母様は何も言わなくなってしまった。

 絶対に血を残せない、と言われていたディルミックが結婚していたという事実は、それほどまでに、お義母様にショックを与えるものだったらしい。


 ……これで、実は子供ができています、なんて言ったらどうなってしまうんだろうか。驚きで心臓が止まって、そのまま死んでしまうのでは? 今はまだ、わたしのお腹に気が付いていないようだけど……。

 別の意味で怖くなってきた……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る