転生守銭奴女と卑屈貴族男の本館事情 05.5

 ここに来たときならまだしも、最近はすっかり用もなく日中、僕の仕事中に声をかけることがなくなったロディナが、慌てたように僕の元を尋ねてきた。


「大変です、ディルミック! ディルミックのお母様に会ってしまって、流れに身を任せていたら大変なことになりました」


「……は?」


 母に会った……? あの人は、いつも、あの人の私室にこもっているだろう。

 にわかにはロディナの言うことが信じられなかったが、彼女がこんな嘘をつくとは思えない。


「母が外にいたのか?」


「はい。花を貰いに来たとかで、温室に。ええと……あの人のための、と言っていたので、具体的に誰とは聞かなかったんですけど」


 母が『あの人』というならば、十中八九、父のことだろう。……そう言えば、今日は父の月命日だったか。母が自ら温室に出向くのも納得できる。体調がいい月命日には、自分で出向くことが多いようだから。


 ――しかし、本館から、母が温室に向かうという連絡はきていない。

 ほとんど僕が直接雇った別館の使用人と違って、逆に本館の使用人には僕が雇った人間は、ほぼいない。父が雇った使用人は、いまだに母の方へと忠誠心が高い人間ばかりだ。

 どうして、館の主が自由に敷地内を歩き回れないのだと、どこかで伝達が止まったことは想像に難くない。


 今回は無事にやり過ごせたが、何かあってからでは――いや、すでにロディナが不穏なことを言っていたな。


「大変なこと、とは?」


「お義母様がわたしのことを新人メイドだと勘違いして、教育が済み次第、お義母様の話し相手になるように、と言われてしまって……」


 ――……どうしてそんなことになるんだ!

 ロディナに詳しい経緯を聞いてみても、全く理解できなかった。確かに、今日のロディナは少し我が家のメイドの服と似ている色味のものを着ているが、デザインは全然違う。きちんと見ていれば……いや、正面からしっかりノルテと見比べてたわけではなかったんだったな。それにしたって……。


「……母には、あまりにも仕事ができないため、暇を出させたとでも伝えておく」


「それはいいですけど……それでいいんですか?」


 少し不安そうな表情で、ロディナが問うてくる。いいもなにも、こうするしかないだろう。


「もし、お義母様がわたしのことを他の人間と区別できるだけの情報を得ていて、次にわたしが敷地内にいるところを見たら― ―それこそ、不審者扱いされませんか」


 ロディナが母を見ていないなら逆もまたしかり、だとは思うのだが、メイド服とロディナの服が区別できない母のことだ。ロディナだけではなく、他の使用人に言いがかりをつける可能性もそれなりにある。

 ……だからといって、ロディナに母の相手をさせるわけには……。

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