転生守銭奴女と卑屈貴族男の風邪事情 04

 ベッドにたどり着いたディルミックは、それはもうぐったりとしていた。下手に仕事をしようとするから悪化するのだ。

 とりあえず、歌うと言ってしまった手前、それじゃあおやすみなさい、と部屋に戻るのはなんだかはばかられる。横になったディルミックの視線も刺さることだし。


 わたしは半ばやけになって、ベッドサイドに座って歌う。リズム感はあるし、音程もそこまでおかしくないとは思うんだけど、肺活量の問題で歌声がカスカスになって下手に聞こえてしまうのだ。緊張しているから、特に。

 一通り歌ったところで、ちらっとディルミックを見るが、実に満足そうな表情をしていた。……こんな歌でいいのか。


「下手くそですみませんね」


 自分で思っているよりも拗ねたような声音で言葉がわたしの口からこぼれる。嫌味、というわけではないけれど、もっと上手な歌の人の子守歌を聞いた方がディルミックも寝つきが良くなるだろう。

 でも、ディルミックはわたしの言葉に、不思議そうな顔をした。


「今のは下手だったのか?」


「聞けば分かるでしょう?」


「……僕のために歌ってくれる人なんて、いなかったからな」


「――……」


 そう言われてしまうと、何も言えない。今回だけ、と思っていたのに、また次があれば歌ってもいいかな、という気になってしまうではないか。いや、またディルミックが体調を崩すようなことになってほしくないので、そう言う意味で『次』はない方がいいのだが。


「……ほら、約束どおりちゃんと寝てくださいよ」


「――……ああ」


 彼が休む姿勢になったのを見て、わたしは立ち上がろうとして――目の端で、ぴくりと彼の手が動いたのを、わたしは見逃さなかった。一瞬、わたしに手を伸ばそうとして、すぐにひっこめたような動作に見えた。


「……ちゃんと寝るまでここにいますよ。また勝手に仕事へ戻られても困りますし」


 わたしは浮かせた腰を再びベッドに戻し、軽くディルミックの頬を撫でた。一瞬驚いたような表情を見せた彼だったが、抵抗することもなく、わたしの手を受け入れる。


「おやすみなさい」


 わたしがそう言うと、ディルミックは目を閉じ、しばらくすると、寝息が聞こえてきた。よほど辛かったのか、眠るまであっという間だ。全く、無理しなければいいのに。

 寝るまでいる、とは言ったものの、彼の寝顔を見られる数少ないチャンスを手放すのがなんだかもったいなく感じて、彼が寝てからもしばらくわたしは立ち上がれないでいた。


 ちなみに余談だが、ディルミックが完治した後もわたしはぴんぴんとしていて、てっきり風邪がうつるものだと思っていたディルミックに酷く驚かれた。

 風邪なんてひいたら無駄に治療費かかるでしょ!

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