転生守銭奴女と卑屈貴族男の風邪事情 03

「な、な、何やってるんですかー!」


 びっくりしすぎて声が裏返った。わたしはディルミックのデスクに近寄ると、彼の前に広がっていた書類を全部取り上げる。一応、近くにあったインク瓶をひっくり返さないようにだけ気をつけながら。

 ペンを握ったままのディルミックは、ぽかん、とわたしを見上げてくる。その動きはだいぶ鈍い。やっぱり体調が悪いのは明白だ。


「……返してくれ」


 わたしを見上げるディルミックの眉はひそめられている。……睨んでいるつもりなのだろうか? でも、顔に体調が悪いです、と書いてあるような表情なので、睨まれたって全然迫力がない。


「駄目ですよ、寝てなきゃ! ほら、ペン置いて、立ってください。ベッド戻りますよ!」


「この程度、休まなくとも問題ない」


「休まなくても大丈夫なうちに寝て治すんです! こじらせて悪化したらどうするんですか」


 反論してくるディルミックの手首をわたしは掴む。……朝、首元を触ったときよりも熱い。絶対熱が上がっている。こんなの、しんどくないわけがないのに。


「休まないなら、倒れないようにわたしがここで見張ってます」


「うつるぞ」


「これでも一度たりとも風邪をひいたことがない健康体ですから!」


 病院の世話になることがなければ治療費も減る。健康でいることはすなわち節約でもあるのだ。……まあ、それは今世での話だけど。馬車馬のごとく働いていた前世では、それなりに体調を崩すこともあった。でも、それは前世のことで、今世が元気いっぱいなので関係ない。


 ディルミックの元に来てから、マルルセーヌの田舎で暮らしていた頃よりずっといいものを食べているし、夜の営みを運動にカウントしていいのなら、適度な運動もできている。風邪をひいた人間の近くにいたくらいでうつるわけもない。


「ほら、寝るまで一緒にいてあげますから。なんなら子守歌でも歌いましょうか」


 冗談で言ってみたのだが、まさかの無反応。えっ、もしかして心揺れてる? そんなのいらないって断られる前提で言っちゃったんだけど。


「……すみません、子守歌はパスしてもいいですか? 歌うの苦手で」


 軽く鼻歌を歌うくらいなら大丈夫だけれど、肺活量がないのか、歌うことに苦手意識があるのだ。人に聞かせる自信はない。


「……歌は、別にいらない」


 ディルミックはそう言うものの、彼の表情はそう言っていない。そんなにわたしの情けない歌が聞きたいか?

 わたしは少し迷ったけれど……。


「あー、もう、分かりました! 子守歌、ちゃんと歌ってあげますから、代わりに寝て休んでくださいよ」


 わたしがそう言うと、ディルミックはしぶしぶ、と言わんばかりにペンを置いて立ち上がった。

 寝室へ向かう足取りは、それはもうふらふらとしていて、いつぶっ倒れるか心配な程。

 よくこんなんで仕事しようと思ったな、まったく!

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