転生守銭奴女のメイドと卑屈貴族の護衛の恋愛事情 16

 今はたまたま二人きりだけれど、誰か来るかも分からない。だから泣いたら駄目だと分かっているし、泣きたくなんてない。

 それなのに、ぽろっと涙がこぼれたら、止めることができなくなってしまった。


「体調が悪いなら、旦那様に相談して休ませてもらえば――」


 ハンベルは椅子に座るわたくしに目線を合わせるようにして、膝をつく。


「うるさい、ブス」


 わたくしは乱暴に目じりをぬぐって、ハンベルに言い捨てた。

 わたくしじゃ、ハンベルを幸せにできない。それでも、わたくしから手を引くのは嫌だった。


 ――ならば、ハンベルから手ひどく振ってもらうしかない。


 最後まで自分勝手だと思いながらも、わたくしは子供の癇癪を起こすことしかできなかった。


「わたくし、ハンベルの顔、嫌いなの。……ッ、見たくも、ない」


 ちょっとだけ、嘘。ハンベルの顔が好きじゃないのは本当のことだけど、見たくない、と思ったことは、ない。

 面倒くさいことを言っている自覚はあるのに、なのに、ハンベルは「分かったから落ち着けって。誰か来たらお前だって困るだろ」と優しく語りかけてくるばかりだ。


 なんなんだ、この男。

 嫌いだって、ブスだって言うんだから、ああそうかよって、見限ってくれればいいのに。

 ぎ、と思わず睨むと、あろうことか、ハンベルは困ったように笑った。


「知ってるよ、お前が醜い外見の奴が嫌いなこと。オレだって、マシな方ではあるけど、整った顔じゃないのは事実だしな。今更だろ」


「――……そうよ、醜い奴は皆嫌い。……でも、わたくしは、わたくしが、一番、嫌い」


 わたくしは言い捨てて、再度、乱暴に目をこすった。


 血みたいで気分が悪いと嫌悪された赤い髪。

 生まれるときに塗り忘れたのだと馬鹿にされた白い肌。

 この国で生きていくには馴染みにくい、この外見が、大嫌い。


 大嫌い、なのに――。


「――オレは、お前の髪も、肌も、いいと思うよ」


 ――ハンベルが、そう、肯定してくれるから、そのたびに、この髪も、肌も、悪くないんじゃないかって、錯覚してしまう。


「お前、頭の形が綺麗だからさ、上から見るとつるっとしてて林檎みたいで可愛いし、肌も、オレらみたいな褐色の肌より、白い方が赤い髪には映えるんじゃないか? ……って、オレみたいのに言われても嬉しくないか」


「――……そうね」


 わたくしは、すん、と鼻をすする。泣いていたからか、息を吸うと、喉が震えた。


「そうねって、言って、顔でハンベルのこと、嫌いになれたら良かったのに」


「嫌いになれたらって――まるで、今はオレのこと、好きみたいじゃないか」


 ハンベルの言葉に、わたしは何も言い返さなかった。場を明るくしようとしたのか、彼の声音は冗談めいているように聞こえる。

 わたくしからしたら、冗談でもなんでもない。冗談にできたら、こんな風に、仕事の休憩時間に、他人が来るかもしれない場所でめそめそ泣いていない。

 わたしが何も言わないことで、何か察したのかもしれない。


「……本当に?」


 小さく問うてくる彼の声は、からかうようなものではなく、驚きながらも、どこか疑うような色を感じた。

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