転生守銭奴女のメイドと卑屈貴族の護衛の恋愛事情 15
――すごいものを、見てしまった。
わたくしは一人、夕食を取りながら、先ほどまでのことを思い出していた。
……ほんの、一、二時間前の話である。
パーティーが無事に終わり、ホテルのマッサージサービスを受ける奥様に付き合った帰り道。奥様はとある夫人にからまれていた。
当たり障りがないように会話をしているものの、ひしひしと、奥様が困っている様子がうかがえた。多分、向こうの夫人も、奥様が困っているのが分かっている上で、圧をかけていたのだと思う。圧を持って話しかければ、奥様を思う通りにできると考えて。
やり手のメイドであれば、さりげなく助け舟を出して、切り抜けられたかもしれない。
でも、わたくしには無理だった。
辺境伯家に仕えるメイドとして、わたくしだって教育を受けている。それでも、経験は浅く、加えて、旦那様が滅多に社交界へ出ない生活を送っているから、わたくしだって、旦那様やカノルーヴァ家の人間以外の貴族と接したことは、ほとんどない。
下手に割り込んで事態を悪化させないのが、今のわたくしにできる最善策だった。
――奥様を助けたのは、わたくしでも、通りすがりの第三者でもなく、奥様の様子を見に来た旦那様だった。
旦那様が様やってきたとき、、奥様の安心しきった横顔が、ちらり、と見えてしまって、わたくしは、頭を思い切り殴られたような衝撃を覚えた。
奥様こそが『正解』なのだと、思い知らされたのだ。
自分の考えを変えられなくてもがいているような女じゃなくて、奥様のように、どんな相手でも平等に接することができるような人が、ハンベルを幸せにできるのだと。
お前なんかふさわしくない、と言う、うさぎのぬいぐるみを抱えた幼いわたくしの幻覚を、見た気分だった。
まだ明日があるから、きちんと夕食を取って休まねばならない。
それは分かっているのに、どうにも、食事をする手が止まってしまった。
無理やりにでも、食べなきゃ。
頭では、そう思うのに。皿の上の料理は減っていかない。
――と。
「ミルリ? 体調悪いのか?」
すぐ横からから声をかけられた。顔を上げて確認しなくても分かる。ハンベルだ。
このホテルは貴族も泊まるホテル。貴族用の食事とは別に、使用人用の食堂があって、各家の使用人はここで食事を取る。なので、ハンベルが来ても、なんらおかしくはない――というか、タイミングさえかち合ってしまえば、一緒に食事を取ることになるのは当たり前だ。
でも、今、彼の声を聞きたくなかった。顔だって、見たくない。
だって、一瞬でも、会ってしまったら――。
「――ッ、ミルリ!? おい、大丈夫か、どこか悪いのか?」
ハンベルの焦ったような声。
案の定、わたくしは我慢できずに、涙をこぼしてしまった。
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