転生守銭奴女のメイドと卑屈貴族の護衛の恋愛事情 12
結局、ハンベルと仲直りできないまま、結構な日数が経ってしまった。
ハンベルは旦那様の護衛。しかも、どちらかと言うと、常日頃から傍にいるというよりは、旦那様が外出するときに一緒についていくための。でも、旦那様自体、屋敷から出ることがあまりないから、別館に来ることは、意外と少ない。
ここ最近、何度も顔を合わせていたことの方が珍しいのだ。地方へ視察に出かける時期でもないのに。
ハンベルと顔を合わせることがなくても、なんとなく、気まずさを感じていながら仕事をこなしていたある日。わたくしは旦那様に呼び出された。
わたくしは常日頃から公私混同を嫌っている。確かにハンベルと揉めているけれど、仕事に問題はないはず。
旦那様に呼び出されるのは、いつだって緊張する。旦那様の顔や、彼の、周囲からの評価以前の問題で、雇い主に呼び出されても言われることの心当たりがないのなら、大体の使用人は萎縮すると思う。
「――明日、ロディナに契約金を渡す」
旦那様の執務室に呼び出されて早々、彼は本題を切り出した。
契約金を用意するのが、思ったよりも早かったな、とわたくしは口に出さず、心の中で思った。
二人目の奥様であるシロエ様が、契約金を貰った後、比較的すぐに『事故』にあって、子供ができない体になったと離縁を申し出たものだから、もう少し時間をかけて様子を見るものだと思っていたのだ。
「……同時に、ロディナの要望で作らせたミニキッチンが完成する。街に、茶葉でも買いに行かせるつもりだ。護衛はハンベルではなくエレクを連れていけ」
「――え」
わたくしは、思わず声を漏らしてしまった。ほとんど吐息のような声だったから、旦那様の元へ届いたかは定かではない。間抜けな声だから、聞かれていないといいけれど。
エレクは比較的新人の部類に入る本館の護衛だ。身のこなしが軽く、体術の筋がいいと、ハンベルが言っていた記憶がある。――でも、確か、一人で護衛任務についたという話は聞いたことがない。……わたくしが知らないだけ?
旦那様はいつもの通り、のっぺりとした白い仮面をつけていて、何を考えているのか、さっぱり分からない。
わたくしとハンベルが仲たがいをしているから、この人選、というわけではないだろう。旦那様がそんなことを気にするとは思えないし、仮にわざとハンベルを選ばなかったとしても、エレクという選択はありえない。もっと他に、護衛任務に長けた適任がいる。
旦那様は、奥様もシロエ様のように『事故』にあうのだと、思っているのだろうか。それとも、暗に、逃がせ、と言っているのだろうか。
真意は分からない。
でも、奥様が「逃げたい」と一言、わたくしに言えば、わたくしは協力するつもりでいる。だって、旦那様の元から女性が逃げたがるのなんて、当たり前のことだから。
わたくしは付き添いに行くよう、命令されているだけ。
――逃がすな、とは、一言も言われていない。
わたくしは、仕事に私情を持ち込まない。それはいい感情も、悪い感情も、同じである。旦那様に奥様を逃がすな、と命令されていない以上、気を使って見張る必要はないのだ。
わたくしが奥様関連で命令されている仕事は、奥様の身の回りのことをすること。逃がさないのは仕事じゃない。
……でも、意外と、奥様は、今までの誰よりも、自然と過ごしているように思えたから、旦那様がこんな行動に出るとは、思ってもみなかった、というのは、嘘じゃない。
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