転生守銭奴女のメイドと卑屈貴族の護衛の恋愛事情 13

 茶葉の販売店へやって来た奥様は、それはもう、目を輝かせてあちこちを見て回っている。まるで子供のように。

 旦那様に頼めば、この店の茶葉の全てを買い占めることだって可能だとは思うけれど、一つひとつ吟味して選ぶのが楽しいんだろう。


 ……完全に買い物を楽しんでいる人の顔である。逃げるチャンスをうかがうための演技ではない。彼女の頭の中には、旦那様の元から逃げ出す、なんて考えは毛頭ないに違いない。

 奥様にとっては、ただ茶葉を買いに来ただけで、目的を達成すれば、屋敷に帰るつもりしかないのだろう。


 夢中になって茶葉の棚を見ていた奥様が、ハッとなって「どうかした?」と首をかしげている。急に話しかけてくるものだから、少しびっくりして肩が跳ねてしまった。

 はしゃいでいるところを見られたのが恥ずかしいのか、うっすらと、照れたような笑みを浮かべている。


「い、え……。なんでもありません」


 この状況でまさか笑っていられるとは思わなくて、わたくしは気まずさに、思わず目をそらした。

 わたくしに「あ、もしかして疲れた?」と聞いてくるあたり、本当に何も考えていないんだろう。わたくしが「そうではありません」と返事をすれば、ミニキッチンの管理の話、なんて、かなり的外れなことを言ってくる。そんなもの、今、全然気にしていない。


 これはもう、逃げたい、なんて言い出すことはないな。これから逃げよう、と思う人間が、今後の話を――ミニキッチンの管理の話を言うわけがない。


 ――奥様にとって、あの別館が、もう、帰る場所になっているのだ。


 わたくしの反応に疑問を持っているようだったが、すぐに答えを考えるのを諦めたのか、それとも興味を失ったのか、奥様の関心は紅茶の茶葉に戻ったようた。

 どの茶葉を買うか迷っているその横顔を見ながら、もし、もしもわたくしが奥様のように――そして、母のように、他人との違いや、醜い顔を受け入れられる性格に育ったのなら、もっとハンベルと良好な関係を築くことができたのだろうか、と思ってしまう。

 今となっては、そんなこと、夢のまた夢、あり得ない話ではあるが。


 ――でも、このまま逃げずに、もう一度、ハンベルと向き合うことは、できるだろうか。


 もし、関係がこじれてしまっても、何もせずに、自然消滅のようにゆっくりと関係が風化し、何もつながりがなくなってしまうよりは、まだ諦めがつく。


 わたくしは、奥様のようにも、母のようにもなれない。

 醜い人間は醜いし、それを認めることのできる人間ではない。

 それでも、それが、わたくしだから。


 変われない部分があるのならば、そこを無理に変えようとせず、変えることができる部分を改めるべきである。

 できないことを嘆くのではなく、できることをできる範囲でしよう、とわたくしは、決めた。

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