転生守銭奴女と卑屈貴族男の冬ジャム事情 03
面倒くさいかな、と思って始めたグラロップの種取りは、意外と楽しく済ませることができた。一人分だったから、楽しい範囲で終わらせられたのかもしれない。これがでかい瓶とか、いくつも量産するとかだったらまた話は変わってきたかもしれないが。
完成したものを少し小さめの瓶に詰めてラッピングをする。なかなかいい感じにできたんじゃないだろうか。売り物と遜色ない見た目、と言うと言いすぎかもしれないが、手作りにしてはいい出来だと思う。
かつて作ったクッキーは失敗して悲惨なことになったけれど、ジャムはこの世界に転生した後に作ったことがあるし、なによりグラベインにレシピが存在するし、すぐ近くにベルトーニもいたのだから失敗しようがない。レシピって本当に偉大。
照明に当たってきらきらしているジャムを見ると、早くディルミックに渡して反応が見たくなる。
わたしはサクッと後片付けを済ませて、瓶を持ってディルミックの私室に向かった。グラロップの種取りに時間を取られ、ほとんど一日ジャム作りに費やしてしまって、すっかり日が暮れてしまったが、今日はどこかに出かけるという話を聞いていないし、私室にいるだろう。
彼の私室の扉をノックすると、予想通り返事の声が聞こえた。
「わたしです。ちょっと今時間大丈夫ですか?」
そう言うと、少しして扉が開かれ、ディルミックが姿を現す。
「何かあったか」
「これを渡そうと思って。冬ジャムの時期ですから」
冬ジャムはバレンタインのように、決まった日付があるわけじゃない。大体一週間から二週間くらいの期間があるので、完成してすぐ渡してもおかしくはない。
ベルトーニが冬ジャムのことを知らなかったし、ディルミックにも説明をした方がいいかな、と思っていたのだが――。
「僕が貰ってもいいのか?」
そう言って、表情が明るくなる。……あれ、冬ジャムのこと知ってたのかな。「勿論」と返すと、彼の頬が緩んだ。
「少し待っていてくれ。――ああ、そうだ、中へ入るといい」
お礼を言って、ディルミックが部屋に戻る。扉を大きく開けてくれたので、わたしは遠慮なく部屋に入ってソファへ座る。
「これを君に」
わたしがソファへ座ると、ディルミックが何かをくれた。――瓶だ。
わたしの、リボンだけのラッピングと違い、包装紙で包まれて中身は見えないが、触った感じで瓶だと分かる。
「グラベインで有名なパン屋のジャムだ。その、マルルセーヌでは冬にジャムを家族に贈るんだろう?」
「し、調べてくれたんですか?」
驚いて思わず声が裏返った。絶対知らないと思ったのに。
「君への誕生日プレゼントを選んでいたときに知ったんだ。マルルセーヌ人に贈る茶葉だと注文時に言ったら、マルルセーヌ独特の文化の話をいくつか聞いた」
その中の一つが冬ジャムだった、ということか。
たまたま聞いただけの話でも、こうして覚えてプレゼントしてくれるのが何よりも嬉しい。ささやかなことをちゃんと忘れないでいてくれるところ、好きだなあ、と思う。
「……でも、家族とはちょっと違うんですよね。大きなくくりでは間違っていないんですけれど」
わたしがそう言うと、ちょっとディルミックが焦った様子を見せる。失敗したと思ったんだろうか。
でも、「家族じゃなくて、夫婦や恋人、パートナーなど、大好きな人に贈るんですよ」と言うと、一瞬固まって、浅黒い褐色の肌でもほんのり分かるくらい、顔が真っ赤にになった。
その表情を見て、この貰ったジャムの瓶は、食べ終わっても一生大切に取っておこう、と思った。
愛しい人から貰った冬ジャムの瓶を大切に取っておくのも、また、マルルセーヌ人の文化なのである。
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