転生守銭奴女と卑屈貴族男の冬ジャム事情 01

結婚式後の冬。


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 スウィンベリーと砂糖、それからレモンに似た果物の果汁。さてジャムを作るぞ、とキッチンを借りに来たのだが、料理長であるベルトーニに目を丸くされてしまった。


「あらやだ奥様、旦那様と喧嘩したの?」


「えっ」


 思いもよらない反応に、こっちまでびっくりしてしまう。ただジャムを作りに来ただけなのに、そんなことを言われるなんて。


「キッチンを貸すのは全然いいのだけれど、喧嘩なら早く仲直りしたほうがいいわよ?」


「えぇ……、喧嘩なんてしてないけど」


 あらそうなの? と実に不思議そうにしているベルトーニの視線はスウィンベリーに向けられていた。これがまずいのかな?


「スウィンベリーってこっちでは縁起物だって聞いたから、折角なら冬ジャムをこれで作ろうかと思ったんだけど……他の果物の方が良かった?」


「冬ジャム?」


 ベルトーニには聞き馴染みのないものらしい。こっちにはその文化がないのか。

 冬ジャムとは、マルルセーヌにおける、バレンタインチョコみたいなものである。前世の日本のように、女から好きな人や世話になった人へ、みたいな性別の決まりはなく、送りたい人が大切な相手に送る、結構幅広いイベントなのだが。


 マルルセーヌではお茶にこだわりがあって、だからこそ、お茶うけ菓子にもこだわりが強い人が多い。お茶会でお茶うけ菓子を出さないのは五歳児まで、なんて言われることもあるくらいに。

 とはいえ、普通にお茶だけを飲むことや、ジャムを舐めながらお茶を楽しむ、ということもあるわけで。というか、一人でお茶を飲むときはそっちの方がスタンダードである。あくまで他人をもてなすときのお茶にお菓子が必須なだけだ。


 だから、冬ジャム文化が始まった当初は、『好きな人が一人でお茶を楽しむときに、自分のことを思い出してほしい』みたいな意味合いで、告白すると同時にプレゼントすることが多かったそうなのだが、今では少し変わって、『たとえお茶うけ菓子を用意できないくらいあなたが落ちぶれても一緒にお茶を飲んで過ごしたい』という感じで、恋人や夫婦、パートナー同士で送りあうことが増えたのだ。

 確か、何十年か前に流行った舞台の、他国出身の人気主演女優が、少し間違って冬ジャムを夫に渡したことがきっかけで、それを真似した一般人が増えて……という感じで意味が少しずれた、と聞いたことがある。

 勿論、告白するために送る人がいなくなったわけではないが。


 わたし自身はマルルセーヌにいる頃、冬ジャムを渡すことも貰うこともなく、この時期はジャムの種類が増えるなあ、くらいにしか思っていなかった。でも、今年は既婚者だし、折角だから作るか、と今に至るのだが――。


 そう説明すると、ベルトーニは、「あらまあ」と頬に手をあて、首を傾げた。


「そんな素敵な文化があるのねえ。でも、この時期にスウィンベリーはやめた方がいいかもしれないわ。特に旦那様に渡すのなら」


「縁起物なのに?」


「縁起物だから、よ。今の時期、グラベインではスウィンベリーを使った料理を食べると魔の気を払える、ってよく食べられるのよ。あとは熟れすぎて食べられないスウィンベリーを魔王を模した人形なんかに投げつけて、厄を払う、とかね。町ではそういう祭りをするの。旦那様はその……かつての魔王に似てるって言われてるじゃない? だから……ねえ?」


 最後の方は言葉を濁されたが、それなら、確かにディルミックに送るのにはあんまりふさわしくないかも。

 というかその祭り……節分みたいだな? マルルセーヌでは逆に節分みたいな行事はなかったけれど。

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