転生守銭奴女と卑屈貴族男の新婚旅行事情 14

 バルック氏と別れ、わたしは会場内をうろつきながらディルミックを探す。視界が狭い分、探しにくい。

 他とは違って白い仮面を付けているのだから、目立つと思っていたのだが、なかなか見つからない。仮面を付けた状態での視界って、こんなにも狭いのか。

 ディルミック、よくこんなんで生活できているな、と変なところで改めて感心してしまった。わたしには一生無理そうな生活である。


 会場をぐるりと探してみても見つからなくて、もしかして……とわたしは中庭に出てみた。

 メルセンペール家の舞踏会ホールは中庭にも繋がっているようで、自由に出入り出来るようになっている。ディルミックの家の庭とは比べ物にならないくらい小規模ではあるが、流石貴族家の庭と言ったところか、豪華である。


 外は少し肌寒い。気温自体はそこまで低くないが、ドレスの露出がもろに冷たい風に当たるので、寒く感じてしまう。

 こっちにいるのかな、と探していると、会場内の熱気にやられたのか、体を冷やしに来たのであろう人が、わたしとすれ違う。すっかりひと気がなくなってしまった中庭で、わたしはディルミックを見つけた。


「――ディルミック!」


 わたしが声をかけると、彼が振り向く。表情は全く見えないが、少し疲れているように見えた。普段から仮面を付けている人と接すると、表情が見えなくとも、なんとなく感情が分かるようになるものだ。


「すまない、探したか?」


「まあ、ちょっと歩き回りましたけど……そんなに大変でもなかったので、大丈夫です。それより、お疲れですか? ディルミックこそ、大丈夫です?」


 わたしがそう声をかけると、ディルミックから苦笑いしたような気配を感じる。


「分かってしまうか? ……久々の社交は疲れるな」


 珍しく素直に疲れた、というディルミック。よっぽど疲れているらしい。

 まあ、ディルミックは社交界に文字通り数えるくらいしか出たことがないらしいし、そもそも今は新婚旅行中で旅疲れのようなものもあるんだろう。


「しばらく社交界は出なくていいな……」


 誰にも聞こえないように、とひそめたのであろう声は、多分、すぐ目の前にいるわたしにしか、聞こえなかった。


「そうですか……でも、それはちょっと残念ですね」


「残念?」


「グラベインに帰ったら、ダンスも覚えようと思っていたんですが。折角だから、ディルミックと踊ってみたくて。でも、披露する機会はなかなかなさそうですね」


 まあ、元よりディルミックが社交界に出たがらないのは分かっていたので、一応覚えておきたいな、程度ではあったのだが、ディルミックと踊ってみたい、というのは嘘じゃない。

 舞踏会でダンスなんて、わかりやすくきらきらした世界だから、わたしには縁遠いと思っていたけれど、ディルミックとならそれでも楽しそうなものなのである。


 でも、彼が出ないならわたしも行かないし、行きたくないし、初めて踊るなら、彼とがいい。……いろんな意味で。初めてはディルミックがいい、という気持ち半分、ディルミックなら多少ミスしても許してくれそう、という気持ち半分。


 そんなことを思っていると、ディルミックがこんなことを言い出した。


「それなら、今、少しだけ踊ってみるか? 周りには誰もいないから失敗しても大丈夫だし、簡単なステップなら僕も教えられる」


 えっ、と驚いているわたしに、ディルミックは手を差し出してくる。


「僕と踊っていただけませんか?」


 少しばかり、からかうような声音で。

 踊らないか、と言われたのもそうだが、わたしが断らないと決めつけてくるのが、彼にも自信がついたのかと、逆に嬉しくなってしまって、わたしはその手を迷わず取った。

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