第3話
滝のなかの学校に入るのは初めてであったが、酷く濡れた以外はこれまでに私が制服を拝借した他の学校と何ら変わらなかった。水のカーテンの先には玄関があり、黒い漆塗で作られた衣装ダンスが幾つか下駄箱の代わりに置いてある。それらは古めいた金具で固く封をされていて中身は分からない。玄関からは濡れた足跡が続き、遥か遠くに校長と思しき胸像があって廊下は右へ折れている。女子はそのさらに奥へと消えた。
なるほど。私は靴を脱いで玄関から廊下に上がり、ヒンヤリとした滝内の校舎を歩いた。ゴムタイル造りの足元はかなり濡れていて靴下には水が染みこむ。
校長の胸像まで来ると私は驚いた。これは校長ではないデーター印だ。日付と担当者の名前があって、取っ手についた歯車で数字の変更ができる、あの判子だ。私も何度か職場や学校で見かけたことはあったが、校長の胸像サイズのデーター印は初めて見た。これもトマソンか。図らずも私は「魔の山」の魔の最たる深淵にまで迷い込んだのかもしれない。
【みました 9034.35/35 学年主任】
データー印の版面はこうだ。西暦ははるか未来だし、月日は35月35日となっている。あり得ない。しかしあり得るかもしれない。はるか先の未来までデーター印は使われているかもしれないし、その頃は一年も12月までとは限らない。35月があっても48月があっても不思議ではない。何しろ滝のなかの学校だぞ、女子は今濡れながら授業を受けている。
データー印の先の角を右に曲がると、工業廃水が流れ出るヘドロまみれの用水路が行く手を遮っていた。しかしなお廊下は続き、凹凸のあるトタンがその上に橋のごとくかかっている。少女はまだ先を歩いていた。
まさか清澄な山奥の滝のなかに女子学園があり、さらにそのなかに巨大なデーター印があり、そのまた奥に工場排水路があるなんて、トマソンの極みとはまさにこのことだろう。だがあるいはすべてが繋がっていて、トタンの凹凸の谷もプリーツの深い谷もデーター印の彫りの谷底も同様のものだとしたら、私の制服収集は無駄になってしまうかもしれない。
嗚呼、神母墓第二女子学園の制服はこうも珍妙で滑稽ながらも、何故そこまで私を魅了するのだろう。ドブの水の吐くような臭いの向こうで、女子は授業に向かうべく濡れた足で廊下を歩いていた。その影が次第に小さくなろうとも私はそこから先に進む気は起きなかった。
未到達女学園 藤 夏燦 @FujiKazan
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