社内抗争の謎
「本社はそのように判断していると、私は思います。そこまで言う前に、成田様。本社に責任を押し付けましょう。本社は成田様の酸素を十分に供給する準備があるのでしょう。そうじゃないとバリウム団地に住んでいる人間が成田様を失うことになります」
そこで本田も反論した。「状況証拠に憶測を重ねても確証に乏しいだろう」
それに、事態はデリカット社の内部抗争に発展している。誰が真犯人かわからない以上、手数は限られるし迂闊な行動はできない。しかも時間がない。
「それはそうですが…しかし、本社は本社の方針を固まらせるために、本社員ではない何者かが関与したと私は判断しています。本社の上層部も、そう考えてるように思えます」
黒子がアーモンド型の瞳を険しくする。
「では、お前に何が出来る?俺にどうしろという?」
五郎は拳を枕にぶつけた。
「本社は成田様を失うとして、その責任がある者がどうなるかを私に聞いてきます。どう答えるのか、教えてください。答えないと責任を取れませんし、答えたとしても本社が責任を取ることはないと思います」
「出たな!必殺、組織的連帯無責任!!これだから日本企業は、よ!」
誰も責任を取りたがらず、なるべく問題を希薄化して、うやむやのうちに厄介ごとを闇に葬る。あとはのちのちの歴史が総括してくれる。
腐敗した組織のありがちな処世術だ。だから、成田の拳がベットを凹ませる。
「それは成田様の酸素を補給することに関しての責任を押し付けるための自己責任だと私は考えています」
五郎は怒りのあまり浅い呼吸を繰り返し、心拍数をあげるためにアドレナリンを分泌した。それが脳の回転を加速させた。
「そうか、そういうことか…デリカットは俺の返事で大掃除の言質を得る」
「それだけではありません。本社の決定は絶対です。
その決定にあわせても成田様に責任があったとしたらそれを否定しなさい。
そうすれば成田様は成田様だと言えるでしょう。
本社の決定は絶対ですよ。
」 言い切ってから、五郎を見つめる。アーモンドの瞳が真ん丸になる。
「成田様は本社との決定を覆してくれるだろうか?
誰が何といおうと徹底的に自己責任を覆せるでしょうか」
五郎はじっと聞いていたが上田に向き直った。
「本田宗一郎の死亡診断書を書いたのはあんただろう。正直に言ってくれ。バリウムなんて不可解で理不尽なブツを葬るために本人は進んで最期の処置を受けた。命に替えてでも不安定性を証明したかった。そして俺を解放したかった」
黒エルフの目尻が水かさを増していく。やがてキラリと輝いた。
「…ああ、メモリーカードは私が供出した。宗一郎さんからは半券を預かった。そして本社営業部に送りつけたのは私だ」
上田前之介は目線を泳がせるような恥ずかしい真似はせずしっかり見据える。
「俺が宗一郎さんにこき使われて酸欠になっていることも知っていたろう?」
成田はキッと睨みつける。
臆せず上田は「ああ、バリウム団地を潰す道具にして申し訳ないと言っていたよ。しかし、余命いくばくもないと知り、生き馬の涙目の届く日がバリウムに引導を渡す最初で最後のチャンスだとも言っていた」
「本田さん…」
五郎は堪えきれず泣き出してしまった。
「成田さま。人間社会のバリウム依存問題は本社一社には重すぎるのでは」
そうやって、黒子は本社は必ずしも責任を取れるとは限らないことを強調し、これまで続いていたこの騒動に終止符を打った。
「バリウム団地は潰れるだろう。酒のデリカットもだ。受け容れるか?」
五郎は全員に覚悟を問うた。
「わかりました。 本社の言うことを聞きます」
千賀子はうなづいた。
「はい。成田様。本社の意見には従います。ただ、本社に責任を押し付けても、成田様に責任をとられることはないということです」
黒子は複雑な表情で繰り返す。
「…ああ」
その後、本社は成田に何度も電話をかけた。それが終わると、黒子は「今日はこれで失礼させていただきます。ご心配おかけしてすみませんでした。 私も含め成田様の今後は本社の決定を聞かなければ言えないと思います」
「・・・はい」
「今お話しした通り、本社は、社内を大掃除し、いつどんな状況でも責任を取れる様に決めているとのことです。なので、今後は大丈夫だと思います。どうなるか楽しみにしています」
「わかりました。 ありがとうございます」
五郎は少し緊張していた。
その後、本田をしめやかに送り出した。生き馬の目から清んだ涙がこんこんとわき出した。
五郎と黒子は店に帰り、全てを報告した。
成田と黒エルフを繋いだのは、その人。ドワーフの店長。
五郎の両親。
そして彼と彼女が今いる会社。
五郎が本社への電話をしなければ、もっと違った未来になっていた。
そしてそれは決して少しでも早かったが、少なくとも一月後まで行われた。
五郎が知らないどこか遠い世界で、本田さんは彼に「お誕生日おめでとう」と言ってくれた。
その後、二人の関係は深くなった。
黒子の腹には成田の子供。三か月目になる。
その後、五郎は会社の社長と取締役会長の結婚式で出席した。
社長が彼に「お誕生日おめでとう」と言ってくれた。
そして、彼は会長に。黒子は取締役に。みんなから「ご結婚おめでとう」と言ってもらえた。
あの年、あの時、彼は人生で最後の大仕事をやった。
でも彼の酸素欠乏はもう終わりだ。
「この仕事も最後かもしれないね」
背に黒エルフの温もりを感じつつ五郎はバイクを飛ばす。
「俺は会社を辞めなければならない。でも、配達の仕事、続けさせてもらっても良いのかな?」
五郎はバックミラーを覗く。成田フードデリバリー本社前の標識が遠ざかっていく。
これからは三人分のボンベが必要だな。
彼はそう思った。
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