業務命令の謎
黒子の水晶玉が鳴った。ツンと尖った耳にあて子供じみた可愛らしい声でエッと驚く。そして瞳が絞られ、こわばる。
「成田様、悪い知らせが…」
なにどうした、と成田が余裕をかます。が、背中に冷水を浴びた。
「宗一郎氏のご出棺時間が大幅に繰り上がりました」
黒エルフが吐息する。土壇場の蘇生術が立て続けに効いた。それも二人。
「おい、ヤバいだろ」
成田五郎は血相を変えた。そして視界が歪んだ。
「搬送を手伝って」
千賀子が黒子に担架を持ってこさせる。上田には紹介状を依頼した。
「ちょっと待ってくれ。俺を…まさか」
成田は息も絶え絶えだ。すかさず千賀子が制する。
「本社で酸素吸入処置しましょう。ここは危ない。黒子さん、急いで」
間髪を入れず担架が敷かれ三方向から腕で支えられた。五郎の身体が浮く。
「そんな事をしたら、思うつぼだ」
五郎はもがいた。矛先は酒のデリカット本社に向く。
「成田様にバリウムを使わせるわけにはいきません。死にます」
黒子が涙ぐんだ。
「いや、俺はバリウムで生まれる。俺は酸素欠乏症で苦しんでいる。根深い宿命なんだ。だからこそ酸素欠乏症は、俺が生まれてもそう簡単には治らない。しかし回を重ねるごとに良くなってる気がする」
上田が口をはさんだ。
「成田君。バリウムで生まれるのなら、酸素欠乏症でも呼吸器系の病気であろう。ただ、バリウム団地は医療従事者が酸素欠乏症で苦しむほど逼迫してる。なら、酸素の使用量制限も必要だと思うぞ」
転院してくれとほのめかしている。
「いいや、それでは俺が入院した意味がない。真犯人をここで待つ」
「しかし成田様。私はまだ生まれたばかりで酸素欠乏症に加え、呼吸器系の病気を併発しております。
さらにバリウムで生まれるということは、逆に酸素欠乏症が悪化する危険性があります。本社での対処をお願いします」
黒子が涙ぐむ。
「なら俺を本社でバリウムにかけてくれ。それならば迷惑にならないし、呼吸器系の病気かどうかはっきりする。黒子も酸欠で生まれるなら他の社員はどうなんだ。もしかしたら病気でなくバリウムを用いたパワハラの可能性がある」
五郎はあえぐ。
「しかしな。成田様。本社での処置方法が分からないのですが。成田様が酸素欠乏症ではないとなると、どこが危険性があるのでしょうか?」
「そこからだ、黒子。バリウムに酸素を使わせないという対処法が、その本社で見つかるはずなかろう」
上田の指摘で黒子が問い合わせた。
ところが意外にも本社からの返信は、成田に関することであることを示していた。
「成田様。成田様。本社でも成田様が酸素欠乏症であることを訴えている様子は無いです」
「本社は何と?」
「成田様。本日はバリウム団地での医療処置ではなく、本社での呼吸器系などによる酸素欠乏症の処置が間に合わず、成田様に酸素を使わせずにおります」
「どういうことだ、黒子。なぜ、そのような?」
「本社は、成田様の酸素を利用することに関して、なんらかの問題を抱えているらしいです。しかも、バリウム団地で緊急医療を行っている可能性が高いです」
そう言うと、また別の情報が水晶玉に表示された。
「ああ、本社はバリウム団地での酸素欠乏症の処置を、バリウム団地に住んでいる人間の酸素摂取を妨害をする行為と捉えております」
「なぜ、そんな手の込んだ真似をする?」
「本社は成田様の酸素を消費するものだと思われますが、本社がこのようなことを受けないのは、本社に成田様を酸素欠乏症であるという考えを持っていないからです。本社に酸素欠乏症の処置を行う者がいる限り、成田様が酸素を得ることを妨げることは不可能だと思われます」
黒子の推理に千賀子が反論した。「酸素ボンベは売るほどあるわ」
「本社は成田様が酸素欠乏症に陥るのに十分な酸素を供給している筈ですが、そんなものはいないですよ」
褐色の瞳がキラリと輝く。黒エルフはツンと鼻をあげ、水晶玉を掲げた。
「本社は十分な酸素を供給しないことにより、酸素欠乏症のために成田様が苦しむことを防いでいるのではないですか?」
「本社はそのことを知らないと?」
五郎はいぶかしむ。
「ああ、知っています」、と黒子。前髪をすらっとかきあげ妖艶な瞳で睨む。
「しかし、本社の考えは甘い。成田様はその事実を知りながらバリウム団地に入り込み、ここでバリウムを受けているのだと教えているではないですか」
「しかし、本社はそれが正しいと思い込んでいるんじゃないですか」
千賀子が反論する。
「本社が正しいと思ってやっていることなのでしょうか」、と黒子。
そんなバカなことがあるか、と五郎は黒子に再確認させた。
「本社ではないようです。成田様を酸素欠乏症から脱したいと思っている者が、本社の方針を固まらせるために画策したのでしょう。本社がそう判断すれば、本社は成田様を殺し、なおかつ成田様をそのような者と一緒に過ごさないと決めつけるでしょう。本社の中にもそのような考えを持つ者はいるでしょうし、もしそうだとすれば本社の意見は完全に否定されます。本社はそのように判断し、成田様を危険にさらして楽にして成田様の命を守りたいと考えているのではないですか?
本社が責任者でないはずです」
「そうなったのは俺のせいだというか?!」
五郎は声を荒げた。
「しかし、本社は成田様に責任は絶対にないと言っています。
このような事態に本社側も納得をしていないはずです」
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